結婚披露パーティーのあとも未緒は今まで通り一日のほとんどを勉強して過ごしていた。だが、ジェフは頻繁に町に出るようになっていた。以前なら町に出ても夕食時には帰ってきて未緒と過ごしていたのだが、この頃では深夜に帰宅し、朝はいつのまにか出かけてしまっている。
仕事はやめたはずだ。ときおり、見かける姿はスーツではなくジーンズなどのラフなものだ。未緒はパーティーが終わればまたジェフと議論して過ごせると思っていたので、がっかりしていた。
「今日もジェフは遅いのかしら?」
未緒はアガサに聞いた。実は判例で、未緒がどうしても納得できない物があったのでジェフに聞こうと思っていたのだ。
「えぇ、そのようです。先に食べていて欲しいとおっしゃっていました。」
「そう。一体、毎日何をしているのかしら...。」
「奥様も何も伺っていないのですか?」
訝しげにアガサに見られ、未緒は答えなくていいように朝食を口に入れた。アガサは私たちを疑っている。日本人は寝室を別にするなんて信じていないだろう。何か感じるところはあるようだが、そこは自分の立場をわきまえているのか何も言わないでいてくれるのがありがたい。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
その日はジェフが久しぶりに夕食時に帰ってきて、未緒と食事を共にした。夕食後はリビングでコーヒーを飲みながら例の判例についてジェフに質問した。それについては未緒が見逃していた事項があり、そこを掘り下げることで判例に納得できた。
「はぁ~。やっぱり、まだまだですね。もっと、勉強しなくては...。」
「今より、もっとかい?」
ジェフは目を丸くして驚いた。これ以上、どうやって勉強するのだろう。今でさえ一日中、勉強しているというのに...。
「えぇ。だって、あなたはすぐに気づいたじゃないですか。私だって何度も見直したのに...。」
「それは、君がここが分からないって言うからそういう目で見たからだよ。それに、経験がものをいうこともあるよ。直感とかね。これでも君より年上だからね。」
「たった、6つじゃないですか。年齢は追い越せませんけど、絶対に追いついて追い抜かしてみせます。いつか法廷で打ち負かしてみせますから!」
「おやおや、お手柔らかにね、奥様。」
未緒が珍しく、拗ねてふくれっ面をしたのでジェフは微笑んだ。きっと、他の人にはわからないだろう小さな表情の変化、それを自分に見せてくれしかも自分だけが気づけることがこんなにも嬉しい。
「そうだ、いい医者をみつけたよ。」
『医者』という言葉に反応してたちまち未緒の打ち解けた雰囲気はなくなってしまった。
「医者って?」
「だから、約束しただろう。医者に診せるってさ。」
「やっぱり、どうしても行かないとダメですか?」
「...とりあえず、診察だけでもって約束だよね?」
「...はい。わかってます。」
「僕は手術が嫌なのかと思ってたけど、そうではなさそうだね。理由を教えてはくれないか?」
「...。」
「『呪縛』と『懺悔』」
「!」
「君はそういったよね?」
「...。」
未緒は視線を落としただひたすら床を見ている。
「何も話してくれないとわからないよ?」
「...話せば行かなくてもいいですか?」
「事と次第によるかな...。僕が納得すればやめてもいいよ。」
ジェフが納得なんてするだろうか。未緒は訝しく思う。自分の気持ちを誰かが理解なんてしてくれたことがあっただろうか。いや、そもそも誰かに自分の気持ちを話そうと思ったことさえない。それに説明するためには父の罪が詐欺だけではないことを告げなければならない。
「...わかりました。とにかく始めの契約どおり受診はします。いつですか?」
「どうしても話したくはないんだね...。明後日だよ。明後日は朝早いからそのつもりで。」