未緒は余裕たっぷりのジェフにからかわれて、気を悪くしていた。今日はジェフにとって大事な1日なのに、こんな調子でのりきれるのだろうか。それとも親密さを演出しているのだろうか...。そんなことを考えていると曲が終わって拍手が沸いた。ジェフが皆さんもどうぞと言うと次々にフロアに出てきて踊り始めた。ジェフと未緒はもう1曲踊るとダンスの輪から外れた。
ジェフはウェイターからシャンパンをもらい未緒はミネラルウォーターをもらった。
「今日は飲まないの?」
未緒がそこそこ飲めることを知っていたジェフが聞いた。
「これから、まだすることがありますから。終わったらいただくかもしれません。」
ジェフが何を?と聞く前にアガサが未緒を呼びに来た。
「奥様、用意が整いました。」
「ありがとう。身支度をする時間はある?」
「少しでしたら。」
「少しで平気よ。化粧室で直してくるわ。」
ジェフにはなんのことだかさっぱりわからない。
未緒はジェフに向き直ると「行ってきます。」といってその場を離れてしまった。アガサに聞いても教えてくれず、すぐにわかりますと答えるだけだった。
ダンスが1曲終わる頃にアガサが楽団に目配せをした。すると、次の曲は演奏されずコンマスが立ち上がった。
「皆様、本日の主役から感謝の気持ちを込めたプレゼントがあります。ぜひ、庭のほうへお集まりください。」
そういうと、楽団のメンバーもおのおの楽器を持って庭に出て行った。ジェフもみなと一緒に庭に出る。外は心地よい風が吹いておりアルコールやダンスで火照った体にはちょうど良かった。庭の芝生の上に赤い絨毯が敷いてあり、その上には弦が何本か引いてある横向きのハープのようなものが置いてあった。明かりはランプがいくつかだけだったが満月のお蔭で十分に明るかった。皆があらかた集まったところで未緒が出てきてお辞儀をすると草履を脱ぎきちんと揃えて楽器の前に正座をし、再度お辞儀をした。
「皆様、本日は私どものためにお越しいただきありがとうございました。拙い演奏ではございますが感謝の気持ちを込めて演奏させていただきます。この楽器は琴といって和楽器です。」
未緒は日本人なら一度は聞いたことのある琴の曲を弾き、次にアメリカ人でも馴染みのあるクラッシックを弾いた。未緒がもう一度お辞儀をすると観客から拍手が湧き上がった。ジェフも心からの拍手を送った。
未緒が顔をあげコンマスと目が合うとニッコリと微笑んだ。
「急きょ、琴を貸してくださったコンマスに感謝します。」
コンマスは笑顔を返すと軽く弓を振りカウントをとるとジャズのスタンダードナンバーを弾き始めた。他のメンバーも未緒も後を追う。観客たちもつられて手拍子や足拍子をし、中には踊りだすものもいた。未緒は数曲弾き、お礼を言うとあとはコンマスたちにまかせた。皆はそのまま庭でダンスタイムを続けていたが未緒は休憩しようとボールルームへ戻った。
「奥様、お疲れ様。」
ジェフが未緒にシャンパンを差し出した。
「あっ、ありがとうございます。」
「こんなサプライズがあるなんて知らなかったよ。」
未緒はシャンパンを受け取り、口に含むと一気に飲み干した。
「あぁ、美味しい。少し緊張してたみたいです。喉が乾いてしまって...。」
ジェフはウェイターに目で合図をしてグラスを取り換えさせた。未緒はそれも一息で飲み干してしまった。やっと渇きが納まったのか未緒が口を開く。
「コンマスと打ち合わせをしていたら、彼が楽器の収集をしていると話してくださったんです。和楽器も持ってらしゃるっていうので琴を習っていたと言ったら弾いてみないかって...。おかしくなかったですか?」
「いいや。琴の演奏は初めて聞いたけど、とても良かったよ。皆も楽しそうだった。」
「それでしたら良かったです。」
「君は本当に何でもできるんだな。」
「そんなことないですよ。できないこともたくさんあります。」
「たとえば?」
「お料理とか、お掃除とか...。アガサは素晴らしいですわ。」
未緒が本当にアガサに敬意を表していることが何とも言えずおかしかった。ジェフの優しい微笑みを見て未緒は自分が一生懸命背伸びしている子どもになった気分になり眉をよせた。
「こちらへきて一人で暮らし始めて思いましたけど『生活』って大変ですわ。皆、『生活』しながら勉強したり仕事をしたり、当たり前にこなしているんですもの。日本にいたらわからなかったことです。あなたは、もっとアガサに感謝するべきです。」
本気で言っている未緒が可愛らしくジェフの顔にさらに笑みが広がると、少し拗ねたように瞳をふせた。
「もう、どうせ甘やかされた娘だとおっしゃりたいのでしょう?」
「そんなことはないよ。甘やかされた娘はそんな感想はもたないからね。感謝はアガサにだけ?」
しばしジェフを見つめると未緒は視線を外し頬をうっすら赤らめて言った。
「あっ、あなたにも感謝しています。こんな快適な場所で勉強に専念させてくださって...。だから、少しでもお役にたちたかったんです。」
「なんだか、今日はいつもと違って素直だね?シャンパンに酔ったかい?」
「そんなことは...。」
ますます赤くなった未緒にジェフはキスしたくてたまらなくなった。いや、今キスをしないことが罪に思われる。ジェフが未緒に近づいて顎に手をかけようとしたとき、邪魔が入った。
「ジェフ、花嫁を紹介してちょうだい?」