招待客は皆、玄関ホールに集まっていた。

客をジェフが出迎え、ボールルームに案内していたのだが花嫁が階段を下りてくると知り玄関ホールに集まってしまっていたのだった。


ジェフが未緒の手をとり廊下から現れると感嘆の声があがった。まずは、着物に、次に未緒の美しさに、そして優雅な佇まいに...。

ジェフは偽りの花嫁への賛辞をわがことのように誇らしく思った。

未緒はやはり着物にしてよかったと安堵した。


「ご紹介します。僕の花嫁の未緒です。」

「はじめまして。未緒と申します。」

ジェフに紹介され綺麗な所作で未緒はお辞儀した。その綺麗なお辞儀に媚びるような印象のお辞儀しか知らない招待客は、本来お辞儀とはこういうものなのかと驚いた。


「ここではなんですから、ボールルームへどうぞ?」

ジェフが促すと皆は一斉に移動をした。

ボールルームに移動すると一番年長と思われる男性にマイクが渡される。

「ブルーム、未緒、結婚おめでとう。まさかあのブルームが結婚するとは誰も思わなかっただろう。しかも、出会ってすぐになんて!これを運命と言わずしてなんというのか...。ここにいる誰もなれそめを知らないからな。あとでぜひ、のろけ話をたっぷりと聞かせてもらおうじゃないか?そのためにも私のスピーチは手短にして乾杯といこうじゃないか。たっぷりブルームに飲ませて口をわらせにゃならんし。皆、杯はいきわたったか?それでは、乾杯!!!」


男性の掛け声で皆それぞれに杯を傾けて口をつけた。未緒はジェフがブルームと呼ばれていることに驚き、ちらりとジェフを見やると疑問を察したのだろう、耳元に口を寄せ「ミドルネームだよ」と囁いた。乾杯が終わると誰かからジェフにスピーチをと声があがった。マイクを差し出されジェフが話し始める。


「今日は僕たちのために遠くからお越しいただいてありがとうございます。...あ~。何を話せばいいかな?」

「まずは、なれ初めだろう?」

からかい半分の声があがる。

「未緒は僕の仕事のアシスタントでした。とても、有能な。でも、全然僕の魅力に惑わされなくて...。どうしてなんだろうって思っていたら、いつの間にか惚れてました。そこから、一生懸命口説いたんですが、なかなか落ちてくれなくてね、ホント大変だったよ。」

客たちの間から笑いがもれ、次の質問が飛ぶ。

「どこが好きなんだい?」

「そりゃあ、全部だよ。」

「それじゃ、答えになってないぞ。」

「そうかい?まずは見てもらえばわかるとおり、この美しさです。艶やかな黒髪も肌理の細かい肌も黒い瞳も!それに見た目だけでなくさっきも言いましたが、すごく仕事ができるんです。細やかな気遣いもできるし。あとはこの気品ですね。」


ジェフの隣で聞いていた未緒は頬が熱くなっていった。どうしてこの人はこんなに上手に嘘が並べられるのだろう。時々、照れたり熱い視線を未緒にむけたりする様は本当に未緒を愛しているように見える。未緒はジェフの褒め言葉にどんな顔をすればよいのかとまどっていた。


「ほらね。それにこんなに奥ゆかしいんです。いつも僕が褒めるとこんな風になってしまうんですよ。」

ジェフは皆が注目するように話をふったので、視線が未緒に一斉に集まった。そこでジェフは肩に腕をまわし未緒を引き寄せると唇にキスをした。未緒が驚いて動けないでいるのをいいことにジェフはキスを深める。暫く未緒の唇を堪能していたが周囲の歓声に名残惜しげにジェフは離れた。

「みなさん、忘れないでくださいね?!未緒は恥ずかしがり屋なのでこんな特別な日でないと人前でキスなんてさせてくれないですから。貴重なものが見れたんですよ!」

再び、周囲から喝さいが上がる中、先ほどのスピーチをした男性と見事な金髪の女性だけが苦々しい笑みを浮かべていた。


未緒はまだ何が起こったのか分かっていない様子だったが、ジェフに客を紹介されてやっと我に返った。

ジェフと同じくらいの年齢の人たちはジェフの養父のひ孫にあたる人たちだ。この人たちは概ね気さくでジェフの結婚を本当に祝福しているらしかった。スピーチの時に囃し立てていたのは、主にひ孫たちだったらしい。恐らく例のおかしな遺言も知らないのだろう。それに知っていたとしても養父とは関係が離れすぎていて相続の対象にはならなそうだ。QVC関連で働いている人もいるが全く関係ない仕事をしている人も半分ぐらいはいるようだった。といってもひ孫すべてが揃っているわけではないから何ともいえないが...。

養父の実の子どもは二人でどちらも娘だった。年齢は60代半ばに見える。ジェフからみれば祖父母のような年齢だが義理の兄弟ということになるのだから傍から見ると何とも奇妙に見える。最初にスピーチした男性は長女の夫だった。


「はじめまして、スレイド・メイザーといいます。こちらは妻のアビゲール。妻はジェフリーの長女です。」

「はじめまして、未緒と申します。ジェフリーって?!」

スレイドはなんのことだかわからないと言った様子の未緒に首をひねる。その様子にジェフが言い訳をした。

「うちは複雑でしょう?だから、実際に顔を見てから覚えてもらったほうがわかりやすいと思って説明してないんですよ。それにそんなことより大事なことがありますから...。」

ジェフは未緒の肩を抱きわざと顔を近づけながら甘い声で説明した。

「未緒、養父の名前も『ジェフリー』なんだ。だから、間違わないように僕はミドルネームで呼ばれてる。イギリスから渡ってきた初代が『ジェフ』。それから、代々後継ぎの男の子は『ジェフリー』、『ジェファーソン』と交互に名づけられてる。

「交互にですか?」

未緒がジェフの説明の矛盾に気づいたので更にジェフが続けた。

「そう、交互に。実は養父の『ジェフリー』には『ジェファーソン』という息子がいたんだけど、事故で亡くなったんだよ。あとで、ジェファーソンの娘に紹介するよ。」

甘い雰囲気を作るジェフにスレイドは少々意地悪に口角をあげ聞いた。アビゲールはそんな夫の失礼な態度にハラハラしていたが、元来大人しい性格なのか割って入ることもできずにいた。

「おいおい、花嫁のことを教えてくれよ。キモノを着ているってことは日本人なのかい?なにしろ、ブルームは何にも教えてくれずにただ結婚したとしか言わなかったんだからね。式もしなかったというし。いくら最近では慣習に従わなくなったといってもそれはやりすぎだろう?!」

「すみませんね。とにかく、二人きりでいたかったものですから時間が惜しかったんです。少し働きすぎましたから、仕事もやめて二人で暫くゆっくりするつもりですよ。」

「ほ~。仕事中毒のブルームがねぇ。それはそれは...。ならば、すぐに次代の『ジェファーソン』に会えるかな?未緒、アシスタントだったそうだが、ブルームの仕事中毒ぶりは凄かっただろう?」

やっと、未緒を会話に引き入れることができそうなのでスレイドはわざとらしい笑みを未緒にむけた。

「そうですね。本当にいつ寝てるのかと思うくらいの仕事ぶりでした。でも、大抵のボスにみられるような理不尽な態度は1度もされたことはありませんでした。」

「理不尽な態度とは?」

「物理的に無理な時間で書類をあげろとか、やつあたりとか、子どもはいつ産むんだとか...。そういったことです。」