ジェフは仕事を辞めた。2~3日は家でのんびりと過ごしていたが、その後は頻繁に町に出かけるようになった。出かけるといっても、夕方には帰ってきて未緒と夕食を共にする。未緒は別段気にもとめず、相変わらず勉強の日々だったがその勉強も楽しくなった。ジェフがいるときは法律の解釈や判例について議論することがある。未緒はジェフの知識の深さや視野の広さに驚くとともに尊敬の念さえ感じていた。アシスタントとして働いていた時から優秀なのは分かっていたが、議論するようになってますますその思いを深くしていた。
夕食を終えて、いつものように議論しながらコーヒーを飲んでいるとジェフの携帯が鳴った。ジェフはちらりと見るとあからさまに嫌な顔をしたが失礼と告げて部屋を出て行った。未緒がコーヒーを飲み終えても戻らないので先に休もうかと席をたったときに漸くジェフは戻ってきた。
「すまない、未緒。お願いがあるんだ。」
ジェフは携帯を見たときと同じように渋い顔をしている。
「何か、困りごとでも?」
「まぁ、そうかな。実は、親戚連中が花嫁に会わせろと言ってきた。」
「花嫁?私のことですか?」
ジロリと未緒を一瞥するとジェフは続けた。
「他にはいないよ。未緒、君のことだよ。」
「そうでしたね。それのどこが困ることなのですか。あなたの花嫁にはふさわしくないから?」
「そんなこと言ってない!ただ、彼らの『会いたい』はパーティーを開いてお披露目しろということだから...。下手するとマスコミがくる。」
「何か問題でも?」
「もしかしたら、日本のマスコミにも君の顔が流れるかもしれない。」
「そんなことが本当に?」
「ないとはいえない...。」
「親戚の方にお会いするのは妻としての最低限の社交だと思うので構わないです。それがこの結婚の条件ですから。ただ、お会いするからにはあなたのことをもう少し教えていただかないと...。マスコミに追われるほど有名人でしたの?」
「僕ではなく、養父がね。」
「義理のお父様...ですか?」
「そう、養父。といっても、僕が15歳の頃に亡くなっているけどね。養父はねQVCの総裁だったんだよ。」
「!」
「知っているかい?」
「もちろんです。アメリカでも有数のコングロマリットですね。知らないほうがおかしいでしょう。」
「今は、それぞれの事業は独立して行っているけどね。各企業が大きくなりすぎて、養父の頃よりはかなり同族企業の色は薄くなっている。全く姻戚関係のない会社も多い。」
「あなたは経営には関わっていないんですか?」
「ないよ。多少の株は持っているから役員に名を連ねている会社もあるけど全てではないし、関わるつもりもない。僕は他にやりたいことがあるからね。」
「それは弁護士ということですか?」
「まぁ、そうかな。」
「...。」
あいまいな答えのジェフに未緒は違和感を感じたが、ジェフに質問することもできずに話は続いていった。
「それで、パーティーの件だけど...。」
「お客様は何人くらいになる予定です?」
「15組くらいかな。」
「それでしたら、ここにお呼びになったらいかがです?私有地ですからマスコミは入れませんし、新居も見ていただけます。親戚の方々には結婚の事実をお見せしなければいけないのでしょう?」
「君はすごいね。これだけの話でそんなことまでわかるんだ。賢い妻で嬉しいよ。」
ジェフは未緒の腕をとり引き寄せると頬にキスをした。未緒は驚いてジェフの腕を振り払うと一歩下がった。
「なっ、何をするんです?!」
「夫婦の予行演習だよ。」
ジェフはシレッと言い放つ。
「そんな必要ありません!私は日本人ですから人前でスキンシップはとりません!」
「ここはアメリカだからそういう訳にはいかないよ。ちゃんとした夫婦だって思ってもらわないとね。それに僕たちは熱烈な恋愛で電撃的に結ばれたことになっている。これぐらいは仕方ないだろう?」
ニヤニヤと笑うジェフは完全に未緒をからかっている。確かにこの程度のことで動揺する自分が情けない。
「わかりました!でも、観客のいる前でだけにしてください!」
「OK。約束したよ?」
「えぇ。」
なぜこんなことになったのか。
未緒はジェフとの約束を思い返していた。
確かに約束はした。けれど、観客のいる前だけのはずだ。
いつからアガサやサイラスが観客に含まれるようになったのか。
あの約束の次の日からジェフはアガサやサイラスがいると挨拶のキスをするようになった。
頬だったり、額だったり、髪だったり。しかも親愛の情を示そうというのか肩や腰を抱いて無駄に近い。穏やかな日々で忘れていたが、どうしても日本での夜を思い出してしまう。こんなことでパーティーをのりきれるのだろうか。
パーティーは来週に決まった。