ジェフは日付の変わる頃にやっと家についた。

ここのところ、今かかえている案件の山場だったため帰れない日が続いていた。やっと一区切りがつきあとは細々とした事務を片付けるのみになった。既に事務所には退職の願いも出している。やや渋られたが受理してもらえた。後は結婚したことを一族に告げて今度こそ正式に相続すればいいだけだ。

玄関を開けるとフットライトを頼りに階段を上る。踊り場には薔薇が活けてあった、というより浮かんでいた。アガサも粋なことをする、そう思いながら自室へ向かう。なるべく音をたてないようにそっとドアを閉め、ソファに鞄と上着を放り投げるとそのままバスルームへ行き、熱めのシャワーを浴びる。窮屈な靴とスーツから解放されてひとごこちつくとベッドに潜り込みすぐに眠りについた。


ようやく目覚めると陽はだいぶ高くなっていた。

連日の仕事がたたって疲れていたのだろう、こんなにゆっくりと眠ったのはいつ以来だっただろうか。

スッキリとした気分でシャワーを浴び階下へ降りて行った。

「おはようございます。ずいぶんとごゆっくりでしたね。」

「おはよう。何か食べるものはあるかい?」

アガサの声音に非難の色を見た気がして、ジェフはなるべく愛想のいい顔と声をだした。

「今、ご朝食を用意いたします。ようやくのお休みなのですからゆっくりなされればよいのですよ。」

アガサは表情をかえずに目の奥に笑いをこらえてキッチンへと消えた。
残されたジェフは深くため息を吐くとダイニングへとむかう。どうやらアガサは言葉通りの意味で言ったらしいが、なんだか子供のころに寝坊して叱られたことを思い出して、苦笑いが漏れる。


「お待たせいたしました。」
朝食を並べるアガサにジェフは聞いた。

「未緒は?」

「奥様でしたら書斎で勉強なさっています。」

「そう...。ずっと?」

「えぇ、お声をかけないとお食事も召し上がりません。」

まさか本当にずっと勉強をしてるなんて思いもしなかった。

ジェフの思いが顔に出たのか、アガサが続けて答える。

「ずっと勉強なさっているので、時々、お庭を散歩するようにおすすめしています。」

「散歩?出かけるのはそれだけ?」

「えぇ。それだけです。」

「それ以外は?」

「勉強されています。あぁ、昨日はその薔薇を活けてくださいました。」

「薔薇?」

ジェフはアガサが視線をむけたワインクーラーを見て驚いた。

「サイラスが間引きしたものを活けてくださいました。階段のパンチボウルとバスルームのグラスも奥様です。」

「あれも?アガサがやってくれたのかと思っていたよ。」

「置いたのは私ですが、活けたのは奥様です。」



コンコン


ジェフは書斎をノックすると返事を待ってドアを開けた。

「奥様、昼食ですよ。」

未緒はてっきりアガサが呼びにくるものと思っていたので驚いてジェフを見上げた。

「帰っていらっしゃったのですか。」

「昨夜遅くにね。仕事はやっと区切りがついた、これでやめられる。それより、昼食だよ。」

「そんな時間ですか。気づきませんでした。」

「本当にアガサの言う通りなんだね。放っておくとずっと勉強してるって。」

「他にすることもありませんし、正直、生活の心配をしないで勉強できるのはありがたいです。」

「...。アガサがランチボックスを用意してくれたんだ。天気もいいし外に出ないか。」

未緒はしばらく考えてからわかりましたと席を立った。


ジェフがランチボックスと毛布を持ち未緒がポットを持って庭に出た。

二人は池の端の木陰に毛布を引くとそこにランチボックスを広げる。

中にはサンドイッチとサラダ、アップルパイまで入っていた。未緒はポットからお茶を注ぎジェフに渡す。
「ありがとう。食べようか。」

「えぇ、いただきます。」


「そういえば、薔薇を活けたのは君なんだね。」

「えぇ。サイラスが捨てると言うので。」

「フラワーアレンジメント?捨てる花ですごいね。」

「英語だとそう訳すのかもしれませんけど、ちょっとニュアンスが違いますね。『生け花』です。なるべく捨てないようにするんです。『生』あるものを頂いているから感謝して可能な限り『生かす』ようにと教わりました。」

「感謝して生かす...ね。」

「えぇ、生あるものはすべて生かし生かされているんです。無駄なものなど何一つないんですよ...。」

ジェフには、未緒が自分自身に言い聞かせているように聞こえた。