「あの、プリンセスローザの件ですけど...。」

「あぁ、さっきキョーコちゃんに聞いた。どういうことなんだ?」

久遠と社は撮影中のキョーコを眺めながら話していた。

「実は以前、プリンセスローザを見た俺の知り合いのジュエリーデザイナーがぜひ商品化したいって言ってたので一度オフィスにつれていきたいんです。」

「それは正式な依頼ということでいいのか?」

「う~ん。かなり興奮していたのでそういうことでいいと思いますけど、詳しいことは彼のオフィスから連絡してもらいましょうか?」

「そうしてくれると助かるよ。ところで知り合いのデザイナーって...。」

「社さんも知ってるでしょう?マルコですよ。」

「やっぱり...。ってことはアルマンディか?」

「いえ、そうではなく彼のオリジナルブランドのほうです。アルマンディにはカジュアルでしょう?」

マルコはアルマンディのジュエリーデザイナーだが、それとは別に自分のオリジナルブランドも持っている。確かにプリンセスローザはアルマンディには『カジュアル』かもしれないが、マルコのオリジナルだって世間一般から見ればとても『カジュアル』ではない。なんでこうビッグネームからお呼びがかかるのかと社はため息とともに小声でつぶやいた。いや、それはそれで有難いことなのだが...。

「ほんと、化け物じみてるよ。」

「何か言いました?」

久遠が不思議そうな顔で聞き返す。

「いや、何でもない。で、お前も一緒に行きたいってことか?」

「もちろん!」

久遠はこれ以上ないくらいの笑顔で答える。

「は~。だよな。お前のスケジュールは誰と調整すればいいんだ?」

「今はデュリスさんところで間借りしてるかんじです。といっても、この仕事とアルマンディ以外は今は受けてませんから調整しやすいと思いますよ。」

「わかったよ。調整してみる。...お前...。」

「ありがとうございます!」

社のつぶやきは久遠の嬉しそうな声にかき消された。『アメリカに帰るのか?』

自分で言葉にしようとしていたにもかかわらず、答えを聞かないほうがいい気がして社は話題をかえた。


「ところで...。お前らどうなってるんだ?」

社は視線をキョーコに向けたまま聞いた。

「どうって...。どうもなってませんよ?」

「そうか...。いつも一緒だからいい感じになったのかと思ってたんだ。」

「残念ながら何もかわりませんよ...。」


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


まとまった休憩時間は久遠とキョーコはもっぱら庭で過ごした。

最初は二人きりになるのを危惧した久遠だが、森の方まで行かなければ屋敷の大きな窓からスタッフは見えるし、携帯も通じることがわかったからだ。久遠の忠犬ぶりを知っているスタッフは誰も二人の邪魔をしようとはしなかった。

池の側にはベンチがあり、庭のところどころにあずま屋もある。その時の気分で場所は変わったけれど、控室にいるよりもずっと気持ちが良かった。


最初のうちはお互いに緊張していたが、段々とリラックスしてきて今では休憩時間があっというまに感じるほどになっている。

二人でいろいろな話をした。

まさかこんなに穏やかに話ができるとは思わなかった。


芝居のこと。

クーとジュリエナのこと。

奏江のこと、だるまやのこと。

マリアや社長のこと。

ジュリアンやレディのこと。

リックとの思い出も、松太郎との思い出も。

町で見た変わった人のこと、道端の花のこと。

ちょっと嬉しかったこと、寂しかったこと。

その他、他愛もない日常の話をした。

時には何も話さず、ただ空を眺めていることもあった。


ただ、どんなに二人にとって居心地のいい時間だったとしてもお互いにお互いへの気持ちに触れることだけはなかった。