撮影のためにその屋敷はしばらく貸し切りになっていた。

もとはこのあたりの領主の別荘だったらしいが普段は一般公開もしており、ドラマや映画に貸し出すこともあるそうでそんな時は貸し切りにも応じている。アメリカで領主というのも不思議な感じだが、イギリス人の貴族が渡ってきて根をおろした地らしく、そんなところはジェフの設定とかぶるので都合が良かった。

かなり古い建物らしいが電気や水道などの設備は整っていた。かといって必要以上に手は入れていず、時代を上手に残している。外見の質素さと内装の豪華さのギャップは当時の領主の遊び心だったらしい。別荘と言っても貴族的な遊びのために建てられたものだから当然なのかも知れない。


「キョーコちゃん、庭に出てみたら?監督が少し手直ししたいから休憩にするって言ってたよ。」

社がキョーコに声をかけると窓に張り付いていたキョーコは瞳をキラキラさせて振り向いた。

「いいんですか?窓から見えるお庭がすごく素敵で行ってみたかったんですぅ。」

「あぁ、いいよ。でも1時間くらいで帰ってきてね。その頃には、再開すると思うから。」

社はきょろきょろとあたりを見回し久遠を見つけると大きな声で呼んだ。

「久遠、うちのお姫様頼んでいいかな?きっとメルヘンの国に行って1時間じゃ帰ってこられないと思うから。」

社の言い草にキョーコはふくれて反論する。

「大丈夫です!子どもじゃないんだから、ちゃんと時間は守れます!!」

社と久遠にジト目で見られてキョーコは小さくなった。

「ダイジョーブですって...。多分...。」

「まぁ、信用してるけどね。奥の方は自然の森だそうだから。念のため一緒に行ってくれ、久遠。」

キョーコと一緒にいられるのは嬉しいが、いまひとつ手を出さない自信がない久遠は社に助けを求めた。

「あの、散歩なら社さんも行きませんか?」

「そうしたいんだけど、万が一早めに撮影が始まったら誰が知らせてくれるんだ?庭のほうは携帯も通じない場所があるらしいし、忙しいスタッフさんに呼びに行かせるのは申し訳ないだろう。だから、俺はこっちで待ってるよ。それとも誰か他の人に付き添い頼むか?」

訳知り顔の笑みを浮かべた社に、このヒトと社長だけは敵にまわしたくないと久遠は心底思った。

「...わかりました。行ってきます。」

「あの?私なら一人で大丈夫ですよ?」

久遠が行きたくないのに付き合わせるのは申し訳ないと思ってキョーコが言う。

「行きたくないわけじゃないから。ただ、ちょっと...。」

「?」

「...。ただ、ちょっとね。気にしないで。行こうか。」

「じゃあ、お言葉に甘えて...。」


二人はボールルームのテラスから庭に出た。

テラスの前は芝生が敷き詰められガーデンパーティーが開けそうだった。一般公開時には椅子とテーブルが出されお茶が楽しめるらしい。奥に小さな池がありそこまでの通路は薔薇のアーチになっていた。

アーチ以外にもたくさんの薔薇が植えられ、そこかしこに寄せ植えがあり、見事なイングリッシュガーデンだった。


「綺麗ですね。薔薇の盛りはもっと素晴らしいんでしょうね...。」

早咲きの薔薇がちらほら咲いており、キョーコは腰をかがめて顔をよせると香りを吸いこんだ。

「うん。綺麗だね...。」

久遠が目を細めて自分を見ているなんて気付かずにキョーコはまた、歩き出す。

「どこかにクィーンローザもあるんでしょうか?」

「ん?どうかなぁ。あれは最近の品種らしいからね。」

「えっ?!最近なんですか?だって...。」

しまったといった顔の久遠にキョーコは詰め寄った。

「騙しましたね?」

「そんなことないよ。商品化されたのが最近で、もとは伝説の...。」

「そんなに騙しやすいですか...。私...。」

肩を落とし俯き落ち込むキョーコに久遠は必死で言い訳をする。

「違うよ!騙すとかじゃなくて、あれは!その...。」

そんな姿が可愛らしくて、キョーコはつい笑ってしまった。

「騙したな?!」

「ふふ。私を騙したお返しです。」

「だから、騙したんじゃなくて...。」

「分かってます。私を喜ばそうとしてくれたんですよね?プリンセスローザも...。」

クルリと向きをかえキョーコは池に向かって再び歩きだした。久遠もあとからついていく。

「いいんです。よく考えたら私にそんな奇跡が起きるはずないですから...。でも...。」

久遠はプリンセスローザを返されるのかと思って息をのんだ。

「でも、返しませんよ?」

「えっ?」

「私がもらったものですし、勇気と自信をくれることにかわりはないですもん。」

再び久遠に振り返るとぺろりと舌をだす。

そんな仕草がどれだけ久遠を煽っているのか本人は分かっていないに違いない。久遠は気付かれないように小さく息を吐くと再び話し始めた。

「もちろん、キョーコちゃんに持っててもらって構わないんだ。でも、最近見ないけど?」

「あの...。また留め金がゆるくて失くしてしまいそうだったので、部屋においてあるんです。」

「そうだったんだ...。」

久遠はキョーコがしているのを見かけなくなったので、自分にまつわるものを身につけるのが嫌なのかと思っていたので安堵した。

「コーンは大丈夫なんですけどね。アレ、どうしたんですか?」

「あれはね、知り合いのジュエリーデザイナーにお願いしてプリンセスローザと同じデザインに加工してもらったんだ。一応、プロの作ったものだからすぐに壊れたりはしないと思うよ?」

「やっぱり、素人じゃそこまでは無理ですよね...。」

「そうだ!今度貸してくれる?デザイナーにお願いして作ってもらうから。」

「えっ、でも...。」

「何?」

「お高いですよね?」

「何が?」

「加工代が...。」

「あぁ、俺が出したいけど、それだと気にするよね?」

「はい!」

きっぱりと言い切られ若干落ち込んだが、相手はキョーコだ。伊達に何年も丸めこんでいない。

「なら、キョーコちゃんも一緒に行こう。デザイナーがあのデザインを見て商品化したいって言ってたから。仕事する代わりに加工してもらうっていうのはどう?」

「それなら...。」

「じゃ、決まりね。社さんに言ってスケジュール調整してもらおうね。」




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もちろん、植民地時代のことはわかりませんし、イングリッシュガーデンは薔薇と寄せ植えがあるもんだという勝手なイメージで書いています。ホント、すみません。