レストランで食事をし、食後のコーヒーを飲みながら未緒は口を開いた。

「で、プライベートなお話とはなんでしょうか?」

「痣が消えて良かった...。」

「えぇ。すっかり。いつぞやはご心配をおかけしました。やっぱり、その件ですよね?」

未緒ははっきりしないジェフに少し苛立ちぎみに先を促した。

正直、ジェフと二人きりでしかもプライベートではいたくない。

あの日本でのことがあってから未緒は調子が狂っている。

どうにか平静を保っているが、気を抜くとぼーっとしていることがよくある。

ジェフが今までとかわらないだけになぜか余計に腹立たしかった。


「まぁ、そうだね。関係があるかな...。僕たち、結婚しないか?」

未緒は突然、自分が宇宙人になった気がした。

ジェフが話しているのは英語のはずなのに全く意味がわからない。

『結婚』と言った気がするが、私の知っている以外にも別の意味があるのだろうか。

残業とか出張とか?あるいは解雇とか?


未緒が何も言わずに黙ってしまったのでジェフはもう一度言った。

「だから、僕たち結婚しないか?」

やはり未緒の聞き間違いではないようだ。ジェフは『結婚』と言っている。

「『結婚』とおっしゃいましたか?しかも『僕たち』とは私とボスあなたのことですか?」

「そう、君と僕だよ。」

「最近は『残業』のことを『結婚』というようになったのですか?」

ジェフは面白い物を見るように笑いながら言った。

「僕の知っている意味も多分、未緒、君とおなじだと思うよ。結婚して夫婦になろうと言っているんだ。」

未緒はいまだに驚いたままの顔でいる。

「なぜですか?からかっています?今日はエイプリルフールではありませんよ。」

「あぁ。ごめん、言葉が足りなかったね。期限付きで結婚してほしい。君は今のままアシスタントという名の事務弁護士で満足かい?」

「いえ。きちんとした企業弁護士になりたいです。それと結婚が何か関係があるのですか?」

「あぁ。この世界は広いようで狭い。クリーンなイメージは大切だ。君のお父さんの犯罪について君には何ら罪はない。だが、詐欺を働いた身内を持つ身で企業弁護士はやりづらいと思う。もし、君の素性が知れてしまったら?君は優秀な弁護士になれると思う。けれどどんなに優秀な弁護士でも依頼がなければどうにもならないだろう?」

未緒は首を傾げて怪訝そうにジェフを見つめる。

「だから、僕と結婚して姓を変えたらどうだろうか。」

「なんだか納得できないことがたくさんあるのですけれど?」

「例えば?」

「私の素性が誰かに知られるでしょうか?」

「この間、日本でばれたじゃないか。」

「でも、私は日本に帰る気はありませんよ。」

「そうかも知れないが、『本郷』の名はかなり有名なのではないかい?この間の交渉相手は日本の大企業だよ。そこと取引があったということは、君のお父さんは随分大きな会社を経営していたのでは?アメリカと日本は取引も多い。どこからもれるかわからないよ。」

「百歩譲って素性がもれるのを防ぐために名を変えることが必要だったとして、なぜ、ボスが結婚してくださるのですか?同情から?あなたは独身主義でしょう?」

「確かに独身主義だが...。同情などではないよ。実は僕にも結婚しなければならない理由があってね。遺言で結婚しないと遺産が手に入らないんだ。どうしても遺産が必要でね。だから、これは契約結婚だよ。」


私のボスは何を言っているのだろう?私が宇宙人になってしまったのかと思ったが、きっとジェフが宇宙人になってしまったのだろう。

「契約結婚ですって?!それで私に『トンプソン』の名を下さると...。」

「そう、いい案だろう。君は『本郷』の名を気にせずに仕事に集中できる。僕は遺産が手に入る。お互いの目的が達成できたら離婚する。あぁ、君は離婚後も『トンプソン』を名乗って構わないから。それと、申し訳ないが一度仕事をやめてもらえないか?」

「なんですって?!ボスは私がこの世界で仕事ができるようにとおっしゃったのにやめろと言うのですか?」

「『一度』と言ったろう?今の事務所では君の旧姓を皆が知っている。それでは意味がないだろう。だから、一度結婚を理由に退職してほとぼりが冷めた頃、他の事務所に勤め直すんだ。僕の知り合いにいくつかいい事務所があるから紹介しよう。君は優秀だからすぐに次が見つかると思う。それにその間に傷を治してしまうんだ。」


「!!!」


さらに驚いた未緒にジェフは話を続けた。

「姓とその傷が君を『本郷未緒』だとわからせてしまうと思うんだ。治療費は僕が出すからその傷を治してしまおう?」

「嫌です!お断りします。」

「結婚が?仕事をやめるのが?治療が?」

「全部です!!!」

すんなりと受け入れてもらえないとは思っていたが、ここまでの拒否反応を示されるとは思っていなかった。だが、ゆっくりと説得している時間はジェフにはない。

「そう?では、僕から事務所に君の素性を話してもいいんだよ?」

「言わないと約束したのに!」

「あの時はね。でも、僕の事情も変わったんだ。さっきも言ったように遺産が必要でね。」

「あなたなら結婚してくれる人はたくさんいるでしょう!」

「だから言ったろう?僕は独身主義なんだ。目的を達成したら離婚してくれる妻が必要なんだよ。それも、多額の慰謝料を請求しない妻がね。お互いにメリットがあると思うよ。」