カラン


グラスの中で氷が溶けて音が響いた。

久遠はウィスキーを社はビールを社の部屋で飲んでいた。


久遠が『蓮』だとわかってから翌日の撮影が遅い始まりのときは時々こうして二人で酒を飲んだりしていた。


「お前と、俺の部屋で酒なんて飲む日がくるなんて思わなかったなぁ。」

社はことさら感慨深げに言った。

「そうですか?『蓮』のときだって時々飲んでたじゃないですか?」

社はジットリと久遠を見つめ返す。

「そりゃあ、仕事がらみだろう?打ち上げとかパーティーとか。俺の部屋になんか来たことなかったじゃないか。」

「そういえば、送り迎えに下まできたことはあったけどお邪魔したことはなかったですね。」

「『蓮』は誰とも慣れ合わなかったからな...。俺に対しても一歩引いてたし?」


「...すみません。」

久遠は『蓮』であることを黙っていたことを責められた気がしてシュンとなる。

「あぁ、違うよ。そういう意味じゃない。黙ってたことは本当にもう気にしてないよ。ただ、『蓮』の頃みたいじゃなく本音で接してくれるのが『お兄ちゃん』としては嬉しいんだよ。」

社は本当に嬉しそうに目を細めた。

「『お兄ちゃん』って...。俺は一人っ子ですよ?!」

久遠は気恥ずかしくなってそっぽを向いて答える。

「はは。そんなことわかってるよ。お前みたいにでっかい奴、俺んちの家系に生まれないよ。でも、こうなんていうか、手がかかるところが弟みたいなんだよ。仕事じゃいっこも手がかかんないのにプライベートがダメダメな所とかさっ。」

意味ありげに社に視線を向けられ、久遠は拗ねて無言でウィスキーを口に含んだ。

久遠の様子に社は目じりを下げる。


「お前って本当は素直だったんだな。」

「どういう意味ですか?」

「いや、そのままの意味だよ。『蓮』は演技だったんだな。前も言ったけど、俺は『久遠』のほうが好きだよ。」

真顔で言われ、久遠は耳を赤くする。

「社さん、もう酔ったんですか!?」

「そんな訳ないだろう?ビール1本で酔うほど弱くないよ。お前ほど強くはないけどな。」

「男に好きって言われても嬉しくありません。」

「何言ってんだよ。どんなに良い女から言われたって『キョーコちゃん』以外なら嬉しくない癖に。」

「!!!」


社は突然、からかう表情になって続けた。

「今日の撮影のキョーコちゃんの反応が気になって来たんだろう?」

「...。」

「大丈夫だよ。『キョーコちゃん』は気付いてない。多分、スタッフもな?」

それは裏を返せば、誰も気づいていないが、社は気付いたということ。

「気づいちゃいましたか...?」

「そりゃあな?何年一緒にいたと思う?」

久遠は親類に情事をみられたような気まずい思いにかられた。

「そんな顔するなって...。自然なことじゃないか。あんだけ触れれば仕方ないだろう?『ジェフ』でも『久遠』でもさ。」

「はぁ~。それがわからないんです。あのとき、俺は『ジェフ』だったのか『久遠』だったのか...。こんなこと初めてで...。」

「はは。お前は役が憑くからな。でも、どっちでもいいんじゃないか?

『ジェフ』でも『久遠』でも。凄くいい画がとれたことに変わりないし。もともと『久遠』のフィルターを通して『ジェフ』ができてるんだからその境界があいまいな時もあったっていいと思うよ。」

「そんなもんですかね?」

「お前の心の中までは誰にもわからないんだから出来上がったものが『ジェフ』に見えればいいんだよ。それに、ある意味究極の憑依かもしれないぞ。境界がわからないなんて、『久遠=ジェフ』ってことだろう?」

「憑依って...。俺はキツネですか?」

「おっ?!お前アメリカ育ちなのにキツネ憑きなんて知ってるのか?!」

そんなバカな話で盛り上がり夜が更けていった。