飛行機は夜間に日本についた。
空港から電車を乗り継ぎホテルまで急ぐ。
未緒は日本を発った日のことを思い返していた。
父名義の本郷の資産は全て没収された。
美月、嘉月の家族殺害の他にも、父には会社への背任容疑もあった。
詐欺まがいの取引を繰り返していたことも発覚した。
今は実刑判決を受け刑務所での生活を送っている。
父は税金対策で銀行口座や不動産を家族名義にしていた。
事件のあと未緒は人殺しの娘と白い目でみられながらもどうにか高校を卒業すると、自分名義のお金で渡米し大学に入学した。当時、未成年だった未緒名義のお金は母や姉名義のものと比べると格段に少なく、学費と生活費で大半が消えた。母や姉は父が逮捕されるとすぐにシンガポールの母名義の別荘へ移った。今もそこでわずかばかりの株の配当で暮らしている。未緒が渡米してから、連絡をとったことは1度もない。
日本を発ったあの日、未緒は二度と日本に戻るつもりはなかった。
楽しいと思える思い出もなく、未練はなかった。母や姉のように過去に縋って生きるのも嫌だった。本郷の家がそうだったように母も旧家の出身で女性が働くなど考えたことがない人間だった。姉も同様だった。でも、自分は違う。誰にも頼らずに自立してみせる、そう誓って渡米したのだ。
東京に着き、駅を出る。ごちゃごちゃとした町並みに狭い空間に建てられたビル。ところどころにみえる星のない小さな空。未緒がいたころとは変わっているはずなのに、何もかわっていないような...。懐かしいというのではない、何とも言えない奇妙な感じに、足をとめるとジェフが振り向き声をかけた。
「どうした?懐かしいかい?」
「...。えぇ、まぁ。」
「もう遅いからホテルに急ごう?」
「はい。」
ジェフの後を追って未緒も歩き始めた。
どうみても『懐かしい』といった顔にはみえなかったが、ジェフはそれ以上触れずに歩き始めた。自分にだって触れて欲しくないことはたくさんある。長い間、帰国していないところをみると未緒にもあるのだろう。故郷に戻ることをためらうような何かが...。
ホテルはジェフの日本での常宿だったらしく、チェックインはジェフがしてくれた。
鍵を受け取り、エレベーターで21階へ行く。
「同じ階ですか?」
「そうだけど。」
同じ階であることに不快感を見せた未緒にジェフは面白そうに口角をあげてみせた。
「私でしたら、もっと下の階でよかったのに...。」
「同じ階のほうが打ち合わせしやすいだろう?それにベンの時から予約内容は変更してないよ。」
「そうですか?それならいいんですけど...。」
「大丈夫だよ。出張に託けて僕が誘惑するとでも?」
「そんなことは心配していません。私はボスの趣味ではないのはよく分かっています。」
「そうかい?」
ジェフはニヤリとした。
正直、未緒には女性としての魅力を感じたことがない。しかし、落ち着いた物腰や時折見せるユーモア、ジェフにこびない態度、細やかな気遣いは大いに気に入っていた。
そこでエレベーターは21階についた。
「誤解されないように先に説明させてもらうと、君と僕の部屋はコネクティングルームなんだ。」
「?」
「いや、本当にベンと来る時からそうするつもりだったんだ。打ち合わせがしやすいからね?でも、君は女性だしいったりきたりするのはどうかと思うから、君の準備が整ったら僕の部屋へきてくれ。打ち合わせをしよう。」
「わかりました。」