「カット!」
カットの声とともにキョーコがうっすらと頬を赤く染めた。
緒方はモニターでチェックしながら少し考えていた。
「う~ん。悪くはないんですけど...。もう1回いいですか?
久遠さん、そのキスはまだ『はっきりと好き』ではなく、ふざけてからかう感じでお願いします。」
久遠はその声に耳をうっすらと赤くし、横を向いた。
「わかりました。もう1度お願いします。」
緒方のダメ出しにキョーコはさらに赤くなる。
テイク2では、キョーコがNGを出した。
ジェフに腕を引かれた途端に頬を赤くしてしまったのだ。
「京子さん、どうかしましたか?さっきまでは良かったんですけど...。」
緒方は京子が役を掴んでしまえば、あとは『役が憑く』役者であることを知っていたので一度、憑いた役が抜けてしまったことが不思議でならない。
「はい。すみません。もう1回お願いします。」
テイク3はどうにかOKが出た。
衣装替えのために楽屋へ戻ると、それぞれの楽屋でほぼ同時に溜息をついた。
久遠はタキシードから次のシーンのためのダークスーツへと着替えながら先ほどの撮影を振り返っていた。
きちんと役に入っているはずだった。
でも、『未緒』から『キョーコ』の香りがしたと思ったら...。
やっぱり監督は騙せない。
俺ってまだまだだなと思いながらもニヤケ顔がとまらない。
キョーコちゃんのNG...。あれは、『久遠』を意識してたよな?
キョーコちゃんが帰国して1カ月。
いつともしれない『その日』を待つのは辛くて仕方がなかった。
しかも『待たないで』なんて...。
だっておかしいだろう?
俺のことを好きだと言ってくれたのに俺のものにならないなんて...。
そこへ降ってわいたような共演の話...。
この機会にぜひとも『ぎゃふん』と言わせてもらいたいものだ。
キョーコちゃんにはその実力はもうついているのだから、あとは実感してもらうだけでいい。
だからといって手を抜いたのではすぐにバレてしまう。
さっきのは手を抜いたわけではないけれど...。
久しぶりにキョーコちゃんの甘い匂いをかいだら、素に戻ってしまった。
でも、キョーコちゃんもNGを出したからおあいこでいいかな?
頬をたたいて気合いを入れ直すと楽屋を後にした。
キョーコはまだ熱い頬を両手で押さえた。
テイク1はちゃんと未緒だったと思う。
でも、緒方の一言でキョーコに戻ってしまった。
だって...。だって、だって...。
あんなの反則だと思う。
ジェフだと思っていたのに久遠さんに戻るなんて!!!