二人はテーブルをはさんで向かい合わせに座ると重い沈黙が流れた。



漸く久遠が口を開く。

「ごめん...。」

「何...が?」

キョーコは久遠とは視線を合わせずに聞いた。

その様子に自分を見ることも嫌なのかと居たたまれなくなったが、それも自業自得と思い言葉を絞り出す。

「この間のこと...。アレは本当に最低だったと思う。」

「...あぁ。」

「どうかしてたんだ。いや...。

本当におかしくなりそうな位、キョーコちゃんのことが好きなんだ。

誰にも渡したくない。でも、だからといってアレは許される行為じゃない。

あんな風に泣かせたかったんじゃないんだ。本当にすまなかった...。」

久遠はキョーコをまっすぐ見つめて言ったが、組んだ両手は震えていた。

視界の端に久遠の震える手が見え、キョーコはやっと久遠と目を合わせた。


「もう...いいの...。」

「それは、許してくれるってこと?それとも、俺はデリートされるのかな?」

「ううん。アレは確かにビックリしたし、怖かったけど、泣いたのはそうじゃなくて...。」

「そうじゃなくて?」

「...。」

言い淀むキョーコを尚もまっすぐと久遠は見つめた。

「...久遠さんは敦賀さんなんですよね?」

久遠は黙って頷いた。

「あれは...。敦賀さんが...。

敦賀さんがいなくなってなかったんだと思って...。」

「えっ?それは、どういう...?」

「だって、敦賀さんも私の前からいなくなっちゃったと思ってたから。私の好きなヒトは皆、私の前からいなくなるんだと思ってたのに、ずっと側にいたなんて...。

なんかほっとしたというか...。」


久遠はどう解釈したらよいかわからず黙って聞いていた。


「でも、久遠さんが敦賀さんでコーンだと分かったら混乱してしまって...。

そこに、まさか先生が入ってくるなんて...。」

「あぁ、あれは本当に驚いたね。でも、俺は感謝してる。アレ以上、キョーコちゃんを傷つけずにすんだから。」

「...。私...。あのことよりも敦賀さんだってことを黙っていたことに怒ってるんです。どうして教えてくれなかったのかって。仮にも...わ、わ、私のことが、ス、ス、スキだと言ってくれているのに、何で教えてくれなかったんですか?私がこんなに敦賀さんに会いたがってたのに!って。そりゃあ、久遠さんのあずかり知らぬことでしたけど...。そのうち、自分の中で久遠さんのこともスキなんだから久遠さんと付き合っちゃえばこのまま敦賀さんのことも忘れられるかなとか思い始めちゃって...。もうドロドロした自分が嫌で嫌で仕方なくて...。そしたら、久遠さんと敦賀さんが同じ人だったなんて。私、本当に馬鹿みたい。」


聞き様によっては愛の告白ともとれるキョーコの発言に久遠はどうしても期待してしまう。


「それは...長くなるけど聞いてくれる?」


キョーコが頷くのをみて久遠は話し始めた。


なぜ敦賀蓮を演じるようになったかを。

大切なヒトは作れないと思っていたのに、気付いたらキョーコが大切なヒトになっていたことを。

B.Jをきっかけに闇をコントロールできるようになったことを。

闇をのりこえられたのはキョーコがいたからだということを。

受賞したことで自分なりにけじめをつけたことを。

やっとキョーコに本当の自分をみてもらって告白しようと思えたことを。

でも、ブレイクとの会話を聞いて嫉妬に苛まれ馬鹿なことをしてしまったことを。


「俺こそ、馬鹿みたいだ。自分に嫉妬するなんて...。」

クスリと自嘲気味に笑うと先を続ける。

「『敦賀蓮』だと黙っていたのは、『久遠』を見てほしかったからなんだ。『蓮』はただの『先輩』だったけど『久遠』は『男』として意識してもらえてるみたいだったから嬉しくて...。どうせ、骨格ですぐにバレると思ったからバレるまではこのままでもいいかと思って...。ごめんね。」

「はぁ~。久遠さんはコーンだと思ってしまっていたので、そういう目で見てなかったんです。誰かと似てるなんて...。それに...美しすぎて直視できないというか...。」

「クスクス。王子様だからね?」

「もー!?からかわないで!」

「からかってなんかいないよ。それにね、こんな風に気軽に話してくれたのも嬉しかったんだ。今だって、俺が『蓮』だってわかってからところどころ敬語に戻ってるし...。

でも、一番は怖かったんだ。キョーコちゃんは『蓮』の時に押え切れずに『久遠』が出てしまうとなぜか敏感に反応して固まるか怯えてただろう?俺の『闇』がわかるのかなと思って怖かったんだ。」

「今は理由がわかったので怖くありません。敦賀さんの時に久遠さんの言う闇が出てくると怖かったのは、闇が怖かったのではなく、敦賀さんではない誰か違うヒトを感じて怖かったんだと思います。」

「だとすると、『久遠』は怖い?」

「いいえ。」

キョーコは首を左右に振ると穏やかな表情で続ける。

「誰なのか分かったし久遠さんの闇の原因を教えてもらいましたし...。闇なら私も十分持ってますし。B.Jの時に戦っていたのは久遠さんの闇だったんですね。でも、ちゃんと克服したじゃないですか。でないとあんないいお芝居はできませんよ?」

久遠は自分が恐れられていないことに安堵し微笑む。

「そういってもらえると嬉しい...。けど、キョーコちゃんが好きになってくれた『敦賀蓮』は作りものだよ?」

「でも、久遠さんの一部ですよね?久遠さんもフェミニストですし、仕事熱心ですし、そんなに変わらないと思いますよ?」

「そうかな?キョーコちゃんは紳士の『敦賀蓮』が好きなんでしょ?」

「紳士って誰のことですか?敦賀さんは私には意地悪でしたよ?」

「あ~。そうだったっけ?」

久遠は思い当たることがあるのか視線を泳がせて苦笑いを浮かべたがすぐにキョーコへと視線を戻した。

「そうです。意地悪で、嫌みで。でも、親身にアドバイスをくれて、悪いところはちゃんと注意してくれて。いつも側で見守ってくれてるみたいで...。勇気と自信をくれる人です。ほら、『久遠』さんとそんなに変わらないでしょ?あ~。『久遠』さんはスキンシップ過剰で困るけど、『久遠』さんとは素の私でいられるからちょっと違うかな。『敦賀さん』は完璧すぎてちょっと近寄りがたかったから。」

「ねぇ...。さっきから聞いていると愛の告白に聞こえるんだけど期待していいの?」

「なっ、何を言ってるんですか!」

そんなつもりではなく、正直に話す久遠に対して自分も正直に話していただけだったキョーコは耳まで真っ赤になる。

「やっぱり、許してはもらえない?」

「この間のアレは、もう2度としないと約束してもらえるなら許します。」

「本当に?約束するよ!キョーコちゃんの許可がなければもうしない。」

「なら、いいです。」

「えっと...。それなら...。お付き合いしてほしいというのは贅沢すぎるお願いかな?」