あざらし、スリランカに行く - vol.6 - | あざらし2号、全国ブラブラ日記

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ヤフブロからのお引っ越し。旅行を楽しみながら全国各地の動物園・水族館を廻ってます。

(vol.1掲載の)スケジュールより…vol.6は赤字部分となりますDASH!
8/21
13時20分・成田発→19時10分・コロンボ着
車でコロンボ→ネゴンボへ(ホテル泊)

8/22
車でネゴンボ→ポロンナルワへ
- ポロンナルワの巨大遺跡観光【世界遺産】
(ホテル泊)

8/23
車でポロンナルワ→シギリヤへ
- シギリヤロック【世界遺産】

- ダンプラ石窟【世界遺産】
車でダンブラ→キャンディへ
- 途中、スパイスガーデンに立ち寄り
- 伝統舞踊キャンディアン・ダンスショー観賞
(ホテル泊)

8/24
- キャンディ市内観光(仏歯寺、王宮跡、市場)【世界遺産】
車でキャンディ→ピンナワラへ
- 象の孤児院観光
車でピンナワラ→コロンボへ
- コロンボ市内の雑貨店巡り
23時30分・コロンボ発(機中泊)

8/25
11時50分・成田着



【3日目】
本日は午前中にあざらし的旅のメイン♪世界遺産のシギリヤ・ロックへ行きます。
本当は昨年行くつもりだったのですが、ついうっかりインドに行ってしまったんですよねぇ。あら不思議^^;


イメージ 1ひとまず朝食…今日もモリモリ食べますぞ!
フルーツはもちろんたっぷりと♪

ちなみに晩も朝も、ご飯は外(屋根付き)でした。


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このネコ達は、我々が食べるテーブルの周囲で愛想振りまきオネダリしまくりでした(笑)





さて、ポロンナルワから車で1時間ちょっと。イメージ 12ココを曲がれば念願のシギリヤ・ロックです。
ポロンナルワと同様、1982年に世界遺産登録


シギリヤ・ロックは、5世紀後半、ほんの11年だけこの地を統治した狂気の王カーシャパの伝説で有名です。
カーシャパは、459~477年にアヌラーダプラを統治し広大な貯水池を健造したダートゥセーナ王の長男。
カーシャパは腹違いの弟モッガラーナに王位継承権を奪われるのを恐れ、父を監禁して王位を剥奪し、さらに殺害。弟はインドに亡命。
弟の復讐を恐れ、カーシャパは神がかったように切り立った岩山に宮殿を建設しました。その11年後にインドから戦いを挑んできた弟に敗れ、カーシャパは自ら命を絶ったんだとか。



まずはシギリヤ・ロックをバックに写真を!
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あの岩に上るのです。
ところで…左があざらしなのですが、何故あんなに怪しげな格好でいたかというと、結婚式場の衣装さんに「絶対に焼かないように!」と厳命されてたからなんです。でも記念撮影くらいはちゃんとしておけばヨカッタわ…と帰国後に写真整理してて激しく後悔しました。
ま、ネタ的にはオイシイので、結婚式にはバッチリこの写真使いますけど!
そんな訳で、この後も怪しげな姿のあざらしが動き回ります(笑)


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ココは「水の広場」。
まず足を踏み入れるのが王の沐浴場。そして上下水道や噴水跡が残っています。
冒頭に書きましたが5世紀頃の設備です!



イメージ 22観光客だらけなので、おとなしく後について歩いていきましょう。
ちなみに目の前の一群はやや年配の日本人ツアー客でした。









やはり…どこからどう見ても怪しい人ですが、旅の恥はかき捨て!
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イメージ 24イメージ 25










コチラは石窟寺院。内部に壁画が微かに残っています。


イメージ 3てくてく階段を上ると、シギリヤが今もジャングルに囲まれていることが分かります。
王宮跡が発見されたのはイギリス植民地時代の19世紀後半になってからのことだそうです。









イメージ 4コチラはミラー・ウォール。
(ちょっと色が違う部分です)

レンガを芯に漆喰が塗られ、その上から多量の卵の白身と
蜂蜜と石灰を混ぜたものが上塗りされ、表面を丹念に磨き上げ、光り輝く壁が造られました。鏡のような光沢があったためその名が付いたそうです。
このミラー・ウォールの反対側には美女達のフレスコ画があり、ちょうどミラー・ウォールに映る仕掛けだったんだとか。



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ひたすらこのような階段を上り、ようやく美女のフレスコ画 通称シギリヤ・レディーに出会えました^^



本当に5世紀に描かれたの?というくらい色が鮮やかに残っています。
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画を守るためストロボは禁止。
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地球の歩き方には、このLadyが載っています^^

かつてこの岩山に500人もの美女達が描かれていたそうですが、現在残っているのは18人。
そのほとんどが風雨に曝され浸食され、一部は1967年のバンダル人の攻撃で剥がされたりしたそうです。しばしこれらのフレスコ画を観賞して…


さらに進むと広場が。ライオンの爪の形をした王宮入口、通称・ライオンの口があります。
現在は前脚の一部しか残っていませんが、以前は足や頭部があり、ライオンが大きく口を開けて座っている形になっていて、階段を上っていくとライオンの喉に飲み込まれるような形になっていたのでは?と考えられてるそうです。というのも「ライオンの喉」はこの地名の由来でもあるから。
ふむふむ、そうだったのか。


ココでスズメバチ対策の防護服を着てから、頂上に向けて出発です!
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でも防護服着てる人はあまりいない。。。
実際スズメバチは防護服を着る小屋前にいたけど、上では見かけなかったし。何だか恥ずかしいわ。益々怪しさ度が倍増!!
しかもこれで動くと必要以上に暑いから熱中症寸前でした。(脱いだ時、自分の服はシャワー浴びたかのようにビチャビチャだった…)


さて、ライオンの入口から約60°の傾斜面に階段が細々と。

その階段を上り終えた頂上は1.6ha。
王宮跡に到着です。
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何でこんな所に宮殿なんて造っちゃったの…カーシャパよ。ホント正気の沙汰じゃないぞ。
色々な思いを馳せつつ、しばし頂上を堪能。


さて、広場まで下りようとしたらN先輩がいつになっても来ません。心配して階段で待っていたら、スリランカ人に手を取られ下りてきました。どうやら疲労困憊で座っていたら手を取られ、補助されたのだとか。
が…やはりチップを要求されたとのこと。誰も助けてなんて言ってないのに…とブツブツ文句を言ってました(笑)


あとは元来た道を戻るのみ!
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コブラの岩は紀元前2世紀のもの。この岩の下の方にも壁画があるようです

ココを下れば駐車場。足早にさささ~っDASH!


念願のシギリヤに来ることができて本当に満足です♪写真は不満足ですが(笑)
この次は、これまた世界遺産・ダンプラ石窟に向かいます。