ゆうべ寝酒にと思って、ちょっと一杯ひっかけるつもりが、ついつい飲みすぎてしまった。
飲んだ酒はインペラドール・ライト。
100ペソという価格(1リットル)とライトの表示が金欠メタボの心をくすぐる庶民の酒だ。
だがこの安酒も、一旦ソーダ水などで割ってしまうと、もうその家柄や育ちも気にならない。
痛風でビールを控えてる僕にとって、もはやこのハイボールが定番になっている。
そんな安酒飲みの僕だが、かつて家の中は高級酒で溢れ返っていた。
小さいころ家が貧しいと、将来ちょっと金持ちになったら、あれがしたいこれがしたいと考えるのは珍しいことではない。
僕の妻の場合、それが高級酒のコレクションだったのである。
それを知った時、どうして幼い女の子がそんな夢を持ったのか聞いてみたい気もしたが、藪蛇になると困るので止めたことを覚えている。
僕は只々、この願ってもない高尚な妻の趣味に賛同し、全面協力を申し出ることにしたのだ。
でもそんな蜜月のような二人の関係も長くは続かなかった。
それからひと月も経たぬうち、急激に酒集めに没頭した二人の前の酒棚には、30本以上の高級酒が綺麗に並べられていた。
妻の一番のお気に入りは、どこか古代生物の甲羅を思わせる、バカラクリスタルのボトルに納められたカミュの古酒だったように思う。
彼女がそれを何かの芸術でも見るように、うっとりして眺めているのを見て、僕はここぞとばかりに、この日のために据え付けた酒棚の照明のスイッチを入れると、ブルーのライトに照らされたウイスキーやブランディーの中から、何か一つ封を開けて飲むことを妻に持ちかけてみた。
そしてその夜飲んだのが“フンダドール”だ。(インペラドールより少し格上の酒)
妻は酒棚のある方向とは反対のキッチンに向うと、ダンボール箱の中からそれを取り出してきて「ごめんね、ここにあるお酒は私が生きている間は絶対に飲まないでね」と言うと
「なんだよ~そんなこと聞いてないよ~」と言う僕をよそに、グラスにせっせと氷を入れながら「これブランディーって言っても、氷入れないと飲めないから」と親切に説明までしてくれた。
その後、僕がそのコレクションを無断飲酒する度に「そんなに私が死ぬのが待てないの!」と変てこな怒り方をする妻に
「飲めない酒なら家に置いておくな」と減らず口をきいていたら、とうとう2年前にその酒達は、カビテの妻の実家に引き取られて行った。
その時、自分が先に死ぬと決めてかかっている妻に、僕が先に死んだらどうするんだ。その酒を飲めないじゃないかと言おうとしたら、妻が荷づくりをしながら
「私が死んだら、これをちびりちびりやりながら、私のことを思い出してよ」と独り言のように言っているのを聞いて、思わず口を閉じた。
先日妻が、マニラの家に新しい酒棚を作り、カビテにある酒を移す予定だと言っていたが、それだけは丁寧に止めてくれるように言った。
今の僕にはインペラドールで充分だが、客が来ても振る舞えぬ酒なら、ディスプレイなぞしないでくれと頼んだのだ。
妻の気持ちは理解しているつもりだが、この有り難迷惑な趣味は当分日の目を見ることはなさそうだ。。
少なくとも、僕達二人のいずれかが死ぬまでは。