ビコール狂詩曲 ギョウちゃんが いく -6ページ目

ビコール狂詩曲 ギョウちゃんが いく

ビコールの魚屋のブログです。行きがかり上フィリピンに住むことになった時の所持金は、僅か7000ペソ。
その後、山あり谷ありを経て18年後の今もなんとか生きてます。

その日、ようやく晴れ間が覗き出すようになったマニラを離れてビコールに帰るのは、少し後ろ髪を引かれる思いがした。

思えばマニラに2週間滞在して、雨の降らなかった日は一日もない。
おまけにビコールは、台風ヘレンの影響で雨風が強まってきていると言う。
なんかババを掴まされたようで得心できぬまま、二階のテラスから空を恨めしそうに見上げていると、遠慮がちに鳴らしたクラクションの音が2回鳴るのが聞こえた。
どうやら先に車に乗り込んでいた妻が、しびれを切らしたらしい。
テラスから下を覗いてみると、妻が助手席の窓を開け
「どうするの?帰るの、帰らないの」と呆れた顔をして僕の方を見上げた。

正直言えば、全てを忘れ、あと一日マニラに残り、タガイタイのいつも行くイタリアンの店に顔を出し少しワインを飲んだあと、シランに住む潤さんのピンクの邸宅で軽くビールを飲み、最後はダスマの勝さんの日本人サロンで記憶が飛ぶまで飲んでみたいという願望はあった。
ただ、ビコールに帰らねばならぬ重大理由が三つもあるのでは、そんなことは言い出せる訳もない。
僕は「いま行く」と短く答えると、いつぞやタマラオさんが転げ落ちそうになった石階段を未だ踏ん切りのつかぬままに下りていった。

予想通り、車がビコールに近づくにつれ、切れ切れになっていた雲は層を成し始め、空は刻一刻暗くなり、ルセーナを過ぎてケソン州の国立森林公園にさしかかる頃には、昼の一時だというのにヘッドライトを点けねばならぬほど辺りは薄暗くなっていた。
まだ雨は降り始めてはいなかったが、濃い霧が作り出した小さな水滴が森の枝葉に付着して、やがてそれが大粒の水滴となり雨のように葉を叩いている。なんとも言えない幻想的な光景だが、その時あることについて考えを巡らせていた僕には、それを味わおうという気持ちなど起こらなかった。
あることというのは、ビコールに帰る三つの理由の内のひとつで、それだけが深刻で危機的な問題となって僕の心に重くのしかかっていた。

森林公園のあるエミュー峠の山道は、急こう配の上に曲がりくねっていて険しい。その山道を自分の通って来た人生に重ね合わせ、できれば今後の人生は平坦な道のりが続くことを願うのだが、それを許さぬ魔物がいるとしたら仕方があるまい、戦うのみである。 
僕はこの突然襲ってきた困難が招くかもしれない不吉なあれこれを想像しながら、自分に覚悟を促そうとしてはみたものの、なかなか心を落ち着かせることはできなかった。
ただ時おり横から話しかけてくる妻の声だけが、大人びた響きをもって耳の奥まで入り込み、どこか立ちすくんでいるようなだけの僕をつかの間ではあるが元気づけ、安心させてくれるのだった。

あれから一週間が過ぎた。だが、まだ問題は解決していない。
ところが、今これを書いている途中で妻がやってきて、少し大きな動きがあったことを報告してくれた。
そして妻は僕についてくるなと言うと、まだ残っている18人の乗組員の解放に向けて、ある場所に交渉に出かけて行った。
安全対策にはぬかりはないと言いながらも、やはり妻の身が心配である。
ここには書けないことばかりで、読んでいる方には申し訳ないが、ちょっとこの辺でいったん失礼させていただく。