その日の夜、このところ憂慮していた問題が急転直下の展開を見せ、解決に向かっているという知らせを受けた途端、やにわに全身にけだるさを伴った寒気(さむけ)が襲ってきた。
身体じゅうの力が抜け、頭はもうろうとし、関節と喉が激しく痛んだ。
熱を計ると39度近くもある。
妻はやれデンゲだとか扁桃腺などと言って騒いでいたが、当事者の僕にはそうでないことは分かっていた。
恥ずかしい話だが、赤ちゃんの知恵熱と全く同じことだ。ここしばらく心身を酷使し過ぎていたので、それらがオーバーヒートを起こしてしまったに違いない。
妻には打ち明けていなかったが、このフィリピンで生活していると、緊張の糸が切れた瞬間に身体の調子を崩すことはよくあることだった。
「こういう時に卵酒でもあればなぁ」
ただの思いつきで僕がそんなことを呟くと、妻がしつこく卵酒とは何かを聞いてきた。具合も悪いし少し面倒くさかったが、しぶしぶ説明しようとして思わずハッとしてしまった。
実は、卵酒なんて飲んだこともないし見たこともない、もちろん作り方も知らないということに、その時はじめて気付いたのである。
恐らく憧憬として僕の中に存在していただけの卵酒。
どんな味がするのだろうと想像を巡らせていると、小さいころ親に頼みこんで初めて飲んだ白酒が、期待していたほど美味いものではなかったことを思い出した。
「気持は有難いけど、卵酒はこんど具合が悪くなった時でいいよ」
僕は妻にそう言うと、妻が出してあった薬の中からポンスタンという痛み止めを手に取って、それを大量の唾液と共に水無しで飲み込むと、珍しくパジャマに着替えてからベッドにもぐりこんだ。
時々自分の過去を振り返ってみて分かるのだが、人生には分岐点というものが必ず幾つかはあるものだ。
それほど大袈裟でなくとも、物事にはある瞬間を機に、それまでの局面とは明らかに違う世界が見えてくることがある。
例えば僕は魚釣りをするのだが、潮が動かず食い渋っていた魚が、潮が流れ始めたことによって急に入れ食いになったりする。その反対も然りだ。
そのような状況が分岐する瞬間を見逃しているようだと、この国で生きていくことは難しい。
今回僕の身にもたらされた問題も、まさしく“その瞬間”を見極めるのを怠っていたために起きてしまったものだった。
いま日本では、秋の総選挙が取りざたされているが、ここフィリピンでも3年に一度の総選挙を来年に控え、日本と同じく政治家達が資金調達や人気取りに忙しく飛び回っている。
特に現職の政治家達は、汚職により潤沢な選挙資金を確保しているはずにも拘わらず、それでは足りないのか、それとも一度懐に入れたものは出すのが惜しいのか、AC/DCと呼ばれる古典的な手法で自分の存在をしきりにアピールし始めた。
Attack and Collect, Defend and Collect の四つの言葉の頭文字を取ったもので、いじめては金を取り、守ってやっては金を取るという、さしずめ日本の暴力団が“みかじめ料”を取る時にする行為をここの政治家達もやっているのだ。
例えば、これはあくまでも一般論であるが、あるトップにいる政治家がその下にいる市長や警察、軍隊、政府の役人、タスクフォースと呼ばれる特別編成されたチームを使って、ある実業家Aを理由は何でもいいが攻め立てたとする。
もちろんやられた方のAはフィリピンの慣習に基づいて、金銭で解決しようとするだろう。裁判などを起こしても無駄な事は分かっているからだ。
まずここで政治家の子飼いである連中が潤うことになり、彼らの人心掌握にも繋がる訳である。
次に問題が解決したとばかり思っていたAだが、しばらくしてから何も状況が変わってないことに気づき始める。
仮に工場や店舗を閉鎖されたとしよう。金を掴まされた人間は、もう大丈夫と言うばかりで何もしてくれない。Aは一向に工場や店舗が再開するめどが立たないことに苛立ちを覚えることになるだろう。
そしてようやくこれでは埒が明かないことが分かった時Aは、下から紐を手繰り寄せるようにして、やがてトップにいる政治家のもとへ辿り着く。
すると彼は田中角栄ように「よっしゃ、よっしゃ」と言って、全ての問題を処理してくれるのだ。もちろん無料ではないことは言わずもがなである。
こうして何も知らないAは、苦労して、散在したあげく、自分に降りかかった災難の陰の首謀者に、恩まで感じて事態は終結することになる。
金と人心掌握(票)。AC/DCは一挙両独の荒業なのだ。
実は慢心していると受け取られても仕方がないが、今更こんなことが自分の身に起こるとは思ってもみなかった。そのせいでこの出来レースを読み切れずに苦労してしまったが、その中で一歩も引かずがんばってくれた妻には大変感謝をしている。
今回の事件は、彼女のお陰で事なきを得たと言っても過言ではない。
感謝といえば、つまらぬことを長々と話してしまったが、最後にさっきの卵酒の話のつづきをしよう。
身体の辛さよりも安堵して眠れることの喜びが勝ったのだろう。
僕はベッドの中にいて、ふと気分が良くなり、そのまま睡魔に身をゆだねることができる幸せを噛みしめていた。
するとそこに妻が戻ってきて「チャラ~~ン」という訳の分からない擬音を発しながら、グラスに入った飲み物をベッドの脇にあるサイドテーブルの上に置いたのだ。
そうである。それは卵酒であった。
ネットでレシピーを調べて作ったというその卵酒は、お酒と生卵の他に牛乳とハチミツが入っていて、何となくミルクセーキのような味がした。
「へえ、なかなか美味しいもんだねえ」と僕が妙に感心していると、妻が
「なんで、あなた飲んだことがないの?」とするどいことを聞いてきたが、
今まで飲んだ中で一番美味しいと本当とも嘘ともつかぬことを言ってやると、とても喜んで卵の入手先について色々苦労したことを話してくれた。
翌日、その卵酒のせいかどうか、すっかり熱も下がり、身体や喉の痛みが無くなっていたので「やっぱりねえ」と独りごとを言ってから下におりて行くと、お世話になった方が飛行機事故にあったことを妻から聞かされた。
それでも妻が、今回の事件で世話になった人物の挨拶回りに行かねばならぬと言う。
「とうちゃん、悪いけど5人前の刺身切ってね」
なるほど人生は”Show must go on”である。