ビコール狂詩曲 ギョウちゃんが いく -16ページ目

ビコール狂詩曲 ギョウちゃんが いく

ビコールの魚屋のブログです。行きがかり上フィリピンに住むことになった時の所持金は、僅か7000ペソ。
その後、山あり谷ありを経て18年後の今もなんとか生きてます。

今朝早く寝苦しくて目が覚めた。起きたらじっとりと汗を掻いていたので、エアコンのリモコンを手に取り2度3度スイッチを押してみたが動かなかった。とっさに壊れたのか?と勘ぐったりしたが、ややあってテレビの待機電力を示す赤いランプが消えていることが分かって、遅ればせながら停電であることに気付いた。
「また停電かぁー」と少し呆れ加減で呟きながら、ベッドの脇に備え付けてある充電式のフラッシュライトを点けた。気になって隣にいる妻に目をやると、額にうっすらと汗が浮かんでいるのが確認できたが、冷房対策用の厚手の毛布に身をくるめているにも拘わず、ぐっすりと寝入っているのが分かった。
このように汗をほとんど掻かない妻を見ていて、時々どうやって体温調整をしているのだろうと不思議に思うことがある。
もし犬のように彼女の汗腺が少ないとしたら、ぐっすり眠っていると思ったら、実はぐったりの間違いだったなんてことにもなりかねない。
夫として今後も注意深く見守る必要があると思っている。
とりあえず妻の顔まで覆うようにして掛っていた毛布を 腹は出さないように胸の下辺りまでずらしてから、僕は階下にあるリビングに向った。
携帯の時刻は4時過ぎを示していたように思う。

多分まだ寝ぼけていたのだろう。リビングにやってきた僕は、ソファーに腰かけることもなく、ただひたすらとグルグルとその辺を歩き回っていた。
ふいに我に返って「僕はいったい何をやってんだろう?」と不思議に思って考えていると、自分が停電だというのに扇風機を探していることが分かって思わず吹き出してしまった。
このことを誰かが分かったら、特に妻に知れたら、一生バカだと言われ続けなければならない。自分から言わなない限り、そんな憂き目に会うことがないのは分かっていたが、何しろ僕自身が納得できなかった。。
まさかエアコンは電気がないと動かないが、何となく扇風機は回ってくれるんじゃないの、なんて甘えが自分にあったのか・・・・。いや、いくらなんでもそれはないだろう。
きっと先ほどの僕は停電を察知した時点で、既に発電機を始動させることを想定していたに違いない。
しかも発電機の容量を考えた場合に、その時点で稼働していた二つのエアコンを同時継続利用することができないことも認識していたはずだ。
それによって、どちらのエアコンを使用するのか選択を迫られた僕は、夫婦愛より親の責任義務を優先し、息子の部屋のエアコンの使用続行を決定したのである。
そしてその引き換えに、妻には扇風機を調達することで、かろうじて夫としての面目を保とうとした。
このようなことが無意識下で行われたのだ。ただ順番は逆になったが。
まあ何はともあれ、これから僕が裏庭に廻り発電機のエンジンをかけ、その後扇風機を持って妻の元へと戻っていけば、全てはうまくいくのである。

表に出てみると、前日までの分厚い雲に覆われた空とは打って変わって、やがて太陽が少し顔を出せば、それは青の色に変わるであろうと予感させる空が広がっていた。
発電機のある場所まで、気分の良い朝を味わいながらゆっくりと歩を進めていた僕は、やがて発電機の前に立つと、それを見てふと考えてしまった。
この何日ぶりかの素晴らしい朝を発電機の出す騒音で台無しにしてしまっても良いものなのだろうか。日本人の僕が情緒というものを大切にしなくて、誰がするのだろう。
それに昨日までの悪天候とは違う。すぐに停電は復旧するに違いない。そう思って発電機を回すことを自分で却下した。

家に戻ると、神棚にちょっと手を合わせてから扇子を探し始めた。
妻をそれで涼ませてやろうと思ったからである。
扇子を探していたのだが中々それが見つからないので、炭で魚を焼くときに使っている籐でできた団扇(うちわ)のことを思い出し、それを取りにまた外に出た。
途中ロットワイラーのシャイニーの襲撃を受けながらも、無事に団扇を確保した僕は、
まずは7歳の息子の部屋に様子を見に行ってみることにした。
案の定、とても汗っかきな息子は、生まれたばかりのヒヨコのように髪までぐっしょりと濡れて、着ていた寝巻の前もすっかりはだけていた。
僕はその寝巻を脱がせると、その裾の方のまだ乾いている部分を使って、息子の身体と頭を拭き、そして替えのTシャツを着せてやってから、団扇でやおら彼を煽ぎ始めた。
煽いでいるうちに閉め切ってある窓を開けた方が良いことに気づいて、なるべく音を立てないようにして窓を開けようとしていたら、唐突に「あ~熱いなあ~ほんとに~」と言いながら妻が息子の部屋に入って来た。
その妻を見て、そう言ってるわりには汗を掻いてる様子がなかったので、やっぱり妻は犬のように汗腺が少ないのだと、今これを書いていてそう確信した。
でもこういった場合、なんの病院に連れて行ったら良いのだろう。

僕は「あなたもここで寝たらいいよ」と妻を息子の隣に寝るように促した。
妻はなぜ発電機を回さないのかというようなことを聞いてきたが、僕は長い話になりそうなので、それには答えずにいると、妻もそれ以上は追求してこずに、素直に息子の隣に滑り込むようにして横になった。

それから2時間は経っただろうか。右と左を交代交替に使って団扇を煽ぎつづけていた僕の腕は、既に棒のようにパンパンになっていた。
いや、正確に言えば2時間位のように感じる10分位だったのかもしれない。
とにかく何か理由を見つけてその場を去らなければ、今日頼まれている刺身を切ることも不可能になると思い始めた時に、いきなりブウーンというモーターの音と共にエアコンが回り始めた。電力が回復したのである。。
地獄で仏とはまさにこういう時のことを言うのだろう。
ところが僕が団扇を煽ぐ手を止めて、開いてる窓を閉めようと立ち上がろうとした瞬間、妻が僕の腕を掴んで「お願い、やめないで」と誰かに盗聴でもされていたら勘違いされそうなセリフを僕に投げかけてきた。そしてにわかにエアコンのリモートを掴むと、せっかく動き出してくれたエアコンまで止めてしまったのだ
それを見て「なんてことをするのだ・・・・」と深い絶望の淵に落とされてしまった僕をよそに、
「いまちょうど死んだおばあさんを思い出してたの。私の小さい頃よくこうしてくれたんだあ・・・」とちょっと芝居がかって言う妻がいた。
この言葉を聞いて、近頃心理戦では、めっきりこちらの方に分がないことは知ってはいたが、まあそういうこともあるだろうなと思い込むことにして「分かった、分かった」と言って僕は団扇を煽ぎ出した。
それからしばらくしておばあさんの夢でも見ているのだろうか、本当に気持ちよさそうに妻は寝てしまった。
僕は再び扇風機を探しにリビングにへと向ったが、今回はエアコンが動いてなくても、扇風機が回ることはしっかりと理解しているつもりだった。