お願いあるんだけど、いいかな?

 なに?

 私が彼の家に来る途中、コンビニに寄ってあるものを買ってきた。
 彼と会った頃にはまだ見られたけど、気付けばもうやめていたもの。

 タバコ吸わないの?

 もうやめたから。

 知ってるよ。モトカノがあまり好きじゃなかったからでしょ。だから言ってる。それに祭の時にアヤに勧められて吸っていたのも実際見てる。
 私はモトカノとの全てを消すつもりだった。もう会う気もないのに、彼の部屋は彼女の大好きなキャラものの布団カバーに枕カバー、バスタオル他にもいくつか。
 私からすれば邪魔なものばかり。
 買ったのはずいぶん前で、ひょっとすると当時ならまだ何かしらの期待があったのかもしれないけど、もう今は不要なもの。
 私が家に着いて一番に寝室のベッドカバーや枕カバーを別のものにかえた。
 男は日用品にかんしてはけっこういい加減なもので、意外とモトカノと共用していたものとかを何の気なく使っていることがある。
 それでも、きっと彼女はこのベッドで彼と---
 それよりも気になったのは、同棲をしていたという彼女との空気感だ。それは今でも消えることがなくて、私の心にひどく影を落としていた。彼のことをどれだけ好きだったのかを感じた。本当なら、私が彼女を失望させないような女として彼と幸せになると言いたいところだったけど、2人の関係も、何より彼に未来なんか残ってなかった。

 一箱でもいいから、ううん、一本でもいいの。ダメ?

 カスミも吸う? 全然吸ったことないんだっけ?

 今更隠すことでもないし、もう何年も前のことだから。私も簡単に昔吸ってたことを話し、うなずいてタバコを吸った。
 私は吸ってた時期とか本数自体も知れてたから、さっそくむせた。

 彼はそれに何か言うことはなかったけど頭を撫でてくれた。彼のタバコを吸う横顔。
 完全に昔のように明るくはなくて、どこか儚げで、何かを考えているよう。

 彼女になりたい、それは棚上げされたままだったけど、今までで一番彼女らしいと思う。時々すごく遠くにいる感覚には陥るけど、彼も彼女として接してくれているし、私も彼氏と思って接していた。

 たかだか数日、私は恋人には当然とも言える言葉をかけあっていない。

 好き、大好き、愛してる、ずっと一緒にいて

 私からは言えなかった。きっと彼は同じように返してくれると思うけど、それを信じることはできないから。でも、

 好きだよ

 うん、ありがとう。好きだよ。

 大好きとか愛してるなんて嘘だと思う、けど、好きくらいなら少しは信じてもいいかな。
 彼と恋人同士のような関係を続けていて気づいたことがある。
 私が今までそれほど興味を持たなかったこと、どうでもいいと思っていたことだ。

 驚いたのは、寝る時彼は何も着ないことだった。もちろん一人で寝る時は違うらしいけど、恋人とこうして寝る時はそのまま寝るみたいだった。9月のこの時期、というのもある。モトカレたちは季節問わず完全に服を着込んでたたからちょっと戸惑い、少し恥ずかしくて、でも彼の温度を肌で感じることがで来て幸せだった。
 人って生身で触れ合うとここまで温かいんだとここまで実感したのは初めてだった。

 以前も何度か聞いたことがある、体と心のバランスという言葉。私はそれほど体のつながりを求める方ではなかったから意味がわからなかった。

 そして、経験の少なさからか四人目の男、今までとは違う感じ。体を重ねる事は男のためのものだと今まで思っていたけど、そうじゃなかった。
 体の相性ってことはわからないけど、今までの男には言えなかったわがままとか要求は全部聞いてくれた。心も満たされてる感じ。こういうのは全部我慢したり、彼氏に合わせたりするものだと思っていたから。恋人同士とは言え、するかしないかの話を真剣にしたことも経験がない。

 どこかで恥ずかしいものだと思っていたその行為、半ば不要なものだとも思っていた行為。妹を使って先輩の嗜好を聞いたこともあったけど、それはどちらかというと私ではなく彼のためだったから。

 冬は一度だけしかなかったからわからなかったこと。日にちの割に重ねた回数が多かったからわかったこと。
 ここでも会社の元先輩が、冗談だったにしても彼とのつながりを求める理由がわかった。

 すごく恥ずかしいし、私の意志ではなかったにしても、ある意味で彼は私の初めての人にもなった。
 着飾ること、仕草からなにから他の男とは経験したことのないこともたくさん。いろいろなものを与えてくれたし、心と体のバランスという意味もわかった。
 前の男たちが浮気した理由も体、というところが多少あったんではないかと思う。今になって思うと、自分はけっこういい加減な恋愛をしてきていた気がする。真剣ではあったけど、本気かと言われれば違った。当時はその気でも、今になって思うとずいぶんと適当だった。
 彼とは嬉しかったし、なんだろう、楽しかった。気持ちももちろん。

 ことが終えると彼の腕の中で話もする。どうしたい、ああしたい、今度はどうしよう。
 彼の腕の中でいろいろと聞き、話す。あとは眠るだけというのもあったけど、きっと私に気を遣ってくれてたんだろう、電気も落としてお互いの姿が見えないようにして、話しやすくしてくれた。

 彼の家に来る前にかき集めた寝巻きや下着も彼はずいぶん気に入ってくれた。それは当然だ、妹のリサーチがあったから。その上で時間が短いながらも彼と一緒にどんなものを着ようかといろいろと選んで購入もした。でも、先輩ってピンクそんなに好きじゃなかったはずだけど、どうしちゃったんだろう?

 とても大切なことなんだなと思った。今までの彼女ともそうだったらしい。長く付き合う上で避けては通れないこと、結婚するならなおさらだと。
 彼からメールが来た。

 週末の三連休に行くことを、カスミや彼と話していたその後の話。

 カスミのことでやらなきゃいけないことができた。

 カスミに聞いてみようかと思ったけどやめた。
 カスミなら私が聞かなくても何か言ってくるはず。彼女はそういう子。彼が死のうとしたとき、前の彼女に連絡をとったから。それが結局、収集のつかない事態になった。
 確かに前の彼女なら彼を止められたとは思うけど、真剣に止めようともしない人間には何を言っても無駄だし、人を助けることはその後のことも考えればとても苦しく長いこと。
 助かるからいいのではなくて、その後もちゃんとできるのかというところ。
 彼と結果として別れてるそんな女に彼の死は止められても、そこから先何もできるはずがない。長い目で見ればきっと彼はまた同じことを繰り返す。
 子ども相手に何を言っても無駄。もう少し大人になって自分のしたことに後悔する、いやこれだけのことをして何もしない人間は後悔もせず気がつくはずもなく日常を送るんだと思う。何かと人のせいにばかりする人間が当たり前のように周りにはいる。

 私は前の彼女と連絡を取っているカスミを見て、何も言えなかった。カスミも壊れていたから。彼も気付いていたはず、そして、カスミを壊したのは他の誰でもない彼。

 メールでちまちまとやりとりをしていたのにいい加減腹が立って、携帯を奪って電話をかけようかとも思ったけど、どこか冷静な自分がいて、そこまではしなかった。
 どこまで遡るかにもよるけど、全ての始まりは前の彼女と彼が別れた直後のこと、そこが全て。
 それ以降に起きたことにかんしては仕方ないと割り切っている。

 苛立ちもあるけど、彼女には感謝してることがある。いい加減な女だったからこそ、彼と再び、こうして話をしたり会ったりできる。これがしっかりした女ならそうはいかない。きっと、距離を超えて同棲をして、本人さえその気があれば結婚までいくところだった。
 私は1度も彼に会うことなく、大きなしこりを残したまま日常に戻っていたはず。春先の大災害は免れなかったにしても、転勤はなかっただろうし、もっと別の人生があった。


 彼とカスミのことは気になる、けど。
 彼は前の彼女を忘れてはいない。カスミを好きになったはずもない。でも、前の彼女を忘れるために付き合う、そういうのでもないはず。
 もしも彼がそういう人ならもっと違う風になっていたはずだし、きっと彼の横には誰かがいて、それはきっと私だったはずだから。

 考えられるのは、生きるか死ぬか、そういう極限のところでの何かだと思う。
 失恋を機に自殺した友人を知っているけど、自分に経験もないし、その子の話も親身に聞いたわけではない。死んだ友人の彼は、彼女は幸せに生きていると信じて今も何も知らないまま、地元を離れて生きている。私は真実を伝えられるところにいたけど、言わないようにした。
 それがお互いのためだと思ったから。

 私もそうであるように、みんな人を大事にしたいとか言ってるけど、人の死を前にしてもまだ、自分が一番大事。
 それにカスミのこともあって、私はそれほど彼に必要以上に生を強要しなかった。止めるのも止められるのも私ではないし、彼にとって何が一番いいかを考えたら、彼がしたいようにするのが一番だとも思っていたから。

 彼とカスミはきっと違ったんだと思う。

 そして、私はいずれ知ることになるから、ここでいろいろ聞いて事態が複雑になるのを防いでいた。だからメールの返事もしてない。
 三連休はカスミの誕生日、来るなとも連絡をとるなとも言われてない。
 行こうと思えば行けるけど、迷いはある。
 プレゼントももう用意してあるし、カスミを祝、違う。本当は彼に会いたいだけ。
 きっと、私は行く。そしてそこでちゃんと話をしてもらう。私が、彼が、カスミが、それぞれが進む道のことを。