先輩が意識を取り戻したのを確認して、翌朝。

 私は家族に旅行と告げて、みんなの前から消えた。

 先輩には、モトカノと連絡をとったら終わり、とも言われたし、合わせる顔もなかった。同時にモトカノにずいぶんとひどいことを言ってしまった。あの時、先輩は本当に危険だった。医者が何か言ったとかそういうのじゃない。私の体質だ。回を重ねるごとに死が近づく気配、これが最後だと思った。でももう助かったけど、次はないはずだ。
 助かるなら私はどこまで嫌われてもよかった。
 モトカノにはメールのやりとり中一つ、嘘をついた。彼もやり直せるとは思ってない。
 そんなの嘘に決まってる。きっと彼女さえ本気なら、彼は彼女の元へ行く。それは間違いない。それだけの思いの強さが彼にはあった。そうでなければ死のうなんて考えない。それだけの決意をしての恋愛だった。


 一人、ここ一年近くでばかみたいに貯まったお金があるだけで、他には何もなかった。
 行くあてもなく、携帯も解約した。ネットカフェに泊まって何をするでもなくぼーっと過ごす。

 先輩には最後のメールをした。
 謝罪とこれからのこと。モトカノにも謝ってくださいと、新しく作った唯一の連絡先。
 本当は、モトカノから私が受けるべき批判から逃げた。どこまでも卑怯、逃げてばかりの弱虫。
 逃げるのは簡単だけど、すごい後味が悪かった。

 もう限界だった。先輩と同じ、私はひたすら隠し続けていたけど壊れていた。口には出さないけど先輩も、もしかするとみんな気付いていたかもしれない。
 
 最後の最後まで先輩の死を止めるのはモトカノで、それも半ば拒否された。いや、実はできた彼氏と別れるとまで言わせたけど、やっぱりどこか先輩を助けるというのは嘘だと思った。しかも、私が言わせたようなものだ。自分からそう思わない限り意味がない。
 私は不必要に彼女を責めていた。彼女が知らなくて私が知ってること、それだけを伝えて、あとは彼女が決めればいいと思っていた。
 感情的になりすぎて、めちゃくちゃなことを言った。私情を挟みすぎたんだ。いや、始まりから間違いで、私が二人の間に割って入るべきではなかった。
 でも、せめてもの言い訳。私がいなければ先輩は間違いなく死んでいた。だからモトカノにも連絡をとった。
 彼女は思った以上に先輩から何も聞かされていなかった。確かに彼女とは言え、簡単に言えるようなことではなかったけど。それに、本当に言えないことは伝えなかった。

 確かに彼女には先輩を助けることができるのに、何もできないと言う。見殺しにされる、それだけが怖かった。彼女は離れているから、救えるはずの命が目の前で消えていく恐怖というのは感じることはできても、ことの重大さはわからないと思う。
 ここまで複雑な環境下に置かれることはそうないけど、モトカノと少しやりとりをしてわかったこと。年齢を考えてもここまで無責任な人は始めてみた。人間的に見てもあまりに軽い人だと思った。距離を言い訳に救おうともせず、逃げてばかり。立派な社会人顔してその実、人の思いや気持ちをここまで踏みにじる人なんて、今までどんな生き方をしてきたのかと思う。

 結局何も変わらず、私は自分の無力さを痛感した。事態を悪化させて、ただ引っ掻き回しただけ。

 でもせめて最後の悪足掻き。
 先輩を止めようという気はまったくなかったし、止められるとも思わなかった。
 せめて一緒に---

 もうすぐ誕生日、それに合わせて私は決めていた。
 最後に誕生日からの三日間、先輩の彼女になりたいと。
 まだ誕生日まで二週間以上あった。冷静になっていろいろ考えた。着替えとか日常のありとあらゆること。短いようで、一人だと気の遠くなるような長い時間が待っていた。

 でも、やっぱり先輩は優しくて、ここまで迷惑と心配をかけて自分勝手にした私に声をかけてくれた。モトカノと連絡をとったら終わりだと告げていたこんな私でも。

 何してるの? 早くおいで。

 それだけだったら私も揺れて終わったかもしれない。実際その時は何の返事もしなかった。私は確かにそれを見ていたけど、先輩には私が見ているかどうかは気付いてなかったはずだから。

 大事な人を放っておくような人になったつもりはないんだけど。

 大事な人---

 きっと先輩は私を何とかしようとしていたから言ったんだと思う。過ごした時間と密度が濃くなっていくだけで、私を彼女と言えるほど好きではなかったはずだから。
 それでも、私は彼を悲しませる女にはなりたくないし、心配してくれてたから、やめようと思った。
 私の逃避行はあっさりと終わり、家族にも旅行を疑われることなく家に帰った。

 家に帰ってすぐ家族に伝えた。新しい彼氏ができた、しばらく彼のところへ行ってくる。
 妹も喜んでいたし、事情もある程度知っていたから深くは言われなかった。
 両親はいきなりのことに驚いていたけど、マエカレとの同棲で似たように家を飛び出したことがあったし、もう大人、深くは聞かれかった。ただ、落ち着いたら納得いく説明をして、その彼を家に連れてくること、それで許可をもらった。
 携帯は解約してたから、勝手に彼の携帯番号を教えて、すぐに気付いた妹が、今までの彼氏とは全然違うとフォローもしてくれた。
 姉の私よりも妹の方がよっぽど両親には信用されているから力強かった。

 お気に入りの服から下着から何もかも選びに選んだ。妹に聞いた先輩の好みもばっちり、いつ叶うかもわからなかったけど無駄に買いまくってよかった。
 ただのお泊りというよりは同棲を始めるような勢いでものをかき集めた。足りないものは彼と一緒に買おう。料理のことは不安だけど家事もする。
 彼が受け入れてくれないなら、荷物一式は持ったから、今度こそ本当に旅行に出ようと思っていた。受け入れてくれるかはわからないけどアヤに相談して、よければ転がり込もうかとも思った。

 結局、日も変わるか変わらないかにようやく一まとめできた。
 化粧もして、サークルの事情でできなかったネイルも自分なりにしてみた。
 両親も妹もまだ起きていたから、挨拶もそこそこに家を出て彼にメールを送る。

 これから行きます。

 彼の家まで車では十分くらいの距離。気も急いていたし浮かれていた、待ち焦がれていた。それほど時間が経つのが遅かったとは思わない。
 彼の家の前、相変わらず黒い影が全体を覆っていたけどもういい。

 彼は玄関の前で待っていた。

 先輩、遅くなってすいません。

 時間の約束はしてないんじゃなかったかな? それにその喋り方。

 そうだった。こんなじゃない。先輩と呼ぶのも敬語もやめる、私は確かに最後のメールでそう告げた。モトカノが呼んでいたように名前で。

 ごめん、お待たせ--くん。荷物いっぱいになっちゃった。

 でも、これだけは聞かなければならないことがあった。

 私と一緒に生きてくれる?

 うん。




 ---うそつき
 祭のあと、お盆も始まって私は実家に帰ることもなく彼の町にいた。
 実家には転勤したてで休みが少ないから無理と、嘘をついた。
 春先の大災害の影響で会社は今もそれほど忙しくなかった。実際、転勤が流れそうになったのを強引にねじこんだのは確か。

 お盆は彼の周りのサークルメンバーも比較的忙しいらしく、本当に彼と一緒に過ごしたい人だけが回りに残った感じ。

 カスミはそれでも実家暮らしだったからいろいろと用事があったから完全な自由というわけにはいかなかった。

 カスミの家には泊まれないから彼の家に泊まる。カスミは当然のようにそれを気にしていたから、夜には彼の家に来る予定だった。

 いつ帰って来るかわからないこのタイミングで彼に関係を迫ろうかとも思ったけど、さすがに最中に入られてきても困るし、彼女はきっと完全に壊れてしまう。
 さすがにそこまで修羅場めいたことを親友とはしたくない。

 私も彼も、そしてカスミも好きな音楽を流しながら、お酒を飲んで二人で話す。その気はなかったけど、ちょっと意地悪なことを話してやろうと思った。もうこれだけの関係だ、隠すことなんかない。


 ねぇ、私たちって相性いいと思わない?


 性格? たくさん話したから違いもあったけどそうだね。それがそんなに大事?


 違うよ、体のこと。


 ああ、そっちか。そうだね。


 最近の心境の変化。彼と夜を共にするたびに強く思う。心より体の関係を強く欲していた。

 そして、それはこれから先続けば続くほどに深く、濃くなっていく。
 元々、その性質が私自身になかったわけではない。今までの男では足りなかっただけ、草食系男子なんてふざけた言葉が流行り、テレビや雑誌で見る典型的な男ばかりでいい加減うんざりしていた。自分がまともではないことはわかっている。

 彼に確認したいことだった。私よりも全然体験した相手の数が多いというのは聞いている。私ははじめそれを聞いたときにちょっと引いた。

 それと同時に、体の話を今までにないほどいろいろとするようになった。
 特殊な性癖やある意味病とも認定されるようなものなど、顔を合わせずに話す、ことの利点かもしれない。彼氏でもそうだけど、面と向かってここまで真剣に話をすることなんて今までにはなかったし、何より彼はその道に詳しいようだった。


 --中略--



 私のお盆もそろそろ終わりを迎え、そろそろ仕事に戻ろうとしていたそんな時、彼は私が近くにいるときに4度目の死を迎えようとしていた。

 次なんて、こないのかもしれない。
 オチから言うと賭けは負けた。完敗だった。
 事情に詳しくない彼女からすれば、分の悪い賭けだったと思う。それなのに、なんで。

 花火が終わって、会場にいた3人と合流って段取りはしていた。
 私たちの方が待ち合わせ場所は近かったから、先に待ってたんだけど、現れたのはカスミ一人。その時点で賭けた子の楽しそうな顔。アンタ、学生時代の同級生相手によくまあそんな顔ができるもんだと私は感心した。

 カスミはほとんど虚ろな感じで、二人の行き先を聞いた私たちに、アイが彼と大事な話があるから駅まで送っていきましたと言うだけだった。
 ここで私は負けたと思った。

 ただ送るだけで済むわけがない。それだけならカスミだってこんな顔しない。

 彼は一軒家に一人暮らしだったので、そこが二次会の場所。コンビニで大量に買いこむ。
 カスミは相変わらずで、ほとんど話すこともなかった。体調が悪いわけでもないし、先に帰らせるわけにもいかない。今夜中に彼と会う必要があるだろうから。

 夜が更けるにつれて、彼女はだんだん不安定になっていく。メールを何度か送ってみたり、電話をかけてみたり、やめたと思っても携帯をしきりに気にしたり。

 結局彼が帰ってきたのは日にちがまたいでしばらく、二次会も終わる気配も見せず、買い出しが必要だと思ったあたりだった。アイと一緒に。
 不安要素は全然抜けないだろうけど、とりあえずカスミは大丈夫かな。

 アイの話では、やっぱり今週は日月が休みだったとのこと。カラオケ行って二人で歌ったり話をしていたらしいけど、まあ男と女。しかも4,5時間それはないと思う。カスミの気持ちもあるからありえないと思う人もいるかもだけど、私はそんな生ぬるい関係ではないと思った。

 あの二人から同じ匂いがした。

 カラオケもそうだけど、もう一つこういう匂いがする場所がある。二人とは今日初めて会うからよくわからない。祭の前に会っておけば髪型とか服の変化で気付いたかもしれない。

 これは間違いない。この二人、きっとやっちゃったね。

 私、どうなんだろう? カスミのように落ち込むことはないし、はっきりいやだって思えないけど、なんか胸が少しざわめくというか気持ちが悪くなってきた。
 現実を目の当たりにするとこうなるのも仕方ないか。
 カスミには宣戦布告されたけど、アイとはそんな話はしてない。お互い意識しつつ、彼の話はするけど、具体的なことは話さない。
 私はどちらかというとカスミよりアイのように冷静だと思う。彼の女になってないから何か特別に言うことはない。言うことは、でも思うことだけは山のようにある。
 まあ今日は祭でお酒の席、楽しまないと損かな。

 もうちょっとで海水浴シーズンも終わる。それが終われば私と彼はきっと---

 あ、賭け負けたんだった。お金払わなきゃ。