詳しくの事情はわからないけど、それなりに彼との人間関係や恋愛沙汰に首を突っ込んだからいろいろと思う事はある。

 彼の心は完全に壊れていて、心の傷以上に体の傷も相当に深刻だった。
 ただ、深く関わってない分、何も知らない人間や声色とかだけなら普通に見える。

 繰り返す自傷と自殺未遂。
 自傷をするのは多くにおいて自殺する気のない人間がすることだ、とは聞いたことがあるけど、その多く、に彼が当てはまらなかったのは残念だ。物事例外になると何もかもが通用しなくなる。

 そのたびにカスミが助け、アイも遠く離れたところから心配し、時として深夜こっちに来たり。私ももちろん。カスミがいなければ、ではない。彼女の彼への思いとかちょっと変わった感性がなければ気付くことすらできずに彼はとっくに死んでいる。
 アイには転勤前に、こういうことが起こっていることを知ったらどうしていたか聞いたことがある。間に合う間に合わないとか半日かかる距離はあるけど、答えはいたってシンプル。
 人が生きるか死ぬかの瀬戸際で黙って地元でおとなしくはしていられない、というもの。
 私もそれには関心した、と同時に当然のことだとも思った。トラブルに悩み、傷ついている程度なら離れていても問題はないと思う。アイは彼女ではないけど、やはり生死がかかっているならそれくらいのことはするはず。
 事実、転勤前にも未遂はしていて、単純に彼女は知らされていなかっただけ。

 体も心も傷つける彼を見るたびに、私も惹き付けられてしまった。

 危ういギャップ、普段や過去の彼とは違う、驚くほど脆い彼。見て見ないフリをするのは簡単だった。私は彼のモトカノについては、カスミから聞く範囲でしか知らないし、その人と付き合ってた時、私は彼とはあまり関係してなかったから。
 でも、彼を見るたびにそばにいたいと思うようになった。カスミやアイですら何もできなかったのに、私が何かできるとは思えない。
 引き返そうと思えば引き返せる位置にいたけど、私は彼を見ていようと思った。他の人にはわからなくてもいいけど、それが私なりの彼への思い。
 彼は人をよく見るからそれだけでも気付いてくれるんじゃないかな。

 そんな彼が車を運転している。春、花見の席で勝手に私が約束したこと。
 海水浴シーズンも終わり、海を見に行く。
 昼過ぎに出て、夕方前に現地へ。2時間の道のりは決して長いというわけではないけれども、彼はあまり長時間運転する人ではないから、すごく新鮮。
 途中の休憩で道の駅に寄って、すぐそこなのにまるで遠くの地に来たかのように土産物を買い漁る。

 海、私も久しぶりに来た。波打ち際に大学生だろうか、数名が戯れている。シーズンは終わっても、まだ9月の中旬まだまだ暑い。
 私も水着持ってくればよかったな。

 夕方まではもう少し時間があるけど、彼が学生時代に毎年来ていた海水浴場らしく、昔話を聞かせてくれた。私も過去行った海のエピソードを少しだけ話した。
 海水浴場をだらだら、長々と時間をかけて横断して、波打ち際の岩場に腰掛ける。
 風がすごく強くて、波の音も心地よくて、隣には彼がいて。
 こうやって二人きりで話すことってほとんどなかったけど、やっぱり落ち着く。居心地がいい。カスミが離れたがらないわけだ。彼はどうかはわからないけど、気を遣うことなくありのままでいられることの安心さを感じられる。関係が深くなればなるほど強くなっていく。アイには話したけど、最初は少しずつ、じょじょにその中毒、いや依存性を高めていく麻薬のよう。

 オレンジ

 夕日が海を照らす。あれ、初めてじゃないはずなのに、すごくキレイ。
 正直彼が海に夕日とか朝日を見る意味がわからなかった。彼は昔からすごい海に憧れていたから、それを満たすのに私もついていけたらとか、両方見られるなら泊まりだし、とかすごく不純なことしか考えていなかった。

 朝日ってどんな感じなんだろう。起きれるかな? このまま帰っちゃうかな。
 今日の話は夕日を見ること以外は何も話していない。多分このまま晩御飯を食べてって流れになるんだろう。

 お腹すかない?

 そうだね。

 お互いこのあたりの土地勘はなかったから、適当に見つけてご飯。話はそこで、かな。
 誕生日から三日、それが私の彼と過ごす時間だった。でももう違う、十日以上の期間、彼とは過ごすことになった。
 そして彼はモトカノと長くて、きっとお互い苦しくてどうしようもない時期が終えたことを告げくれた。

 なんか急だね? もういいの?

 彼女死ぬんだって。

 え・・・? 私のせい? 死ぬ? 私と同じ。なんでこんな冷静なんだろう。ちょっと腹が立ってきた。モトカノが自分のせいで死のうとしてるのになんでなの。

 死ぬわけない、できるわけないんだよ。
 彼女は連絡を取らないと言ってきたんだよ?

 あ、私はすぐに理解した。
 連絡をとらないなら、私みたいな人が言わない限り彼の生死を確認することはできない。

 不思議なことを言ってたよ。逆の立場だったらどうするの? って。

 私が彼女にメールしたときに何度か言ったことだ。でも、もし先輩が彼女と逆の立場? 何を言ってるんだろう。本気なのかな。

 逆の立場知らないわけないよ。彼女は合わないことを理由に別れたと言ってるし、それはそうなんだろうけど、そのきっかけになったのはなんだったのか。
 だいぶ前にマエカノが死ぬって言ったらどうする? って。そしたら別れるって言った。
 だからそのメールを送った。わかってはいたことだけど、彼女は別れる理由を探してたからね。合わないから、だから別れるきっかけをあげた。
 仮に難しいこと全部抜きに、自分がフって相手が死ぬって言い出したら止めるよね。遠距離だったら足を運んででも止める。自分が原因なんだからどんなことがあってもね。そこまですることは彼女にはできないってこと。死んだらそれまで、彼女にとっての人の命ってのはその程度。

 そうだ、今の先輩は前の前の彼女と同じ。モトカノは話でどの程度聞いたかはわからないけど、私は知ってる。先輩は死を止めるために必死だった。実家に帰り、遠く離れた彼女を電話やメールで必死に止めていた。
 そして、今はもう終わったけど、それを乗り越えて掴んだ幸せだった。ほんのわずかな。
 確かに、それを合わないの一言で別れるのはあまりにもひどい話だと思う。完全に自分の都合。彼がどれだけのことをしてきたか知らなすぎた。

 人の死を止める事は難しい。何十回、何百回と話して、一度生きると約束しても繰り返す。
 私もモトカノも彼を止められなかった。
 でも、彼女のやってることで止められることはない。先輩と彼女のメールを少しだけ見せてもらったことがある。
 中身のない日常しか書かれてない短文のメール。本当はもっと見たかったけど、私から見るのをやめて、こんなやりとりばかりですか? とたずねたら、そうだよ。の一言。会う事はないし、実際言葉をかわすこともなかったらしい。
 きっと彼女は、彼の生を望んでいたはずだけど、本気で止める気はなかったんだと思う。
あんなので止められるわけがない、子どもでもわかる。命はこんなに軽いものじゃない。
 彼女は人の死を前にしてまで、自分には無理だからとあきらめていた。
 本人が否定しても、あれで止めようとしてると言って誰が信じるんだろう。自分は必死、というのは伝わってきたけど、ずいぶんと底が浅く、それで誰が必死だと信じてもらえるのと思った。というより彼女は何もしていなかったに等しい。

 こういうかたちで死と接する人なんて少ないからやり方がわからない、にしてもひどかった。
 彼女の一般常識が恐ろしく欠けていたのはすぐにわかった。社会人として頑張ってる、重要だけどそれだけで自分はそこそこ頑張ってる人間だと思っているんじゃないだろうか。人との関係を何だと思っているんだろう。
 本人がいくら彼を止めることができたとは言っても首を縦に振らない理由も理解できる。

 私ももう連絡するつもりはない。
 彼はその件に関してはもう私のことを信用してなかったから、メールや電話すべてにおいて、彼女の痕跡をたどることはできなかった。
 万が一何かのきっかけで彼女と連絡をとる機会があっても責めるのだけはやめようと思う。私がこれ以上2人の問題に口を挟むのは懲りたし、言っても無駄なことはよくわかった。あきらめている。
 先輩が死ななければ彼女が死ぬことはない。それは気付かなくても一緒。

 自分がフッたせいで、モトカレがこんなになったらどうするだろう。考えなくても答えは明らかだった。離れていようと、忙しかろうと、目の前にあるのは人の死。それを止めることは人として当然のことじゃないだろうか。ましてや自分がそうしたならなおさら。
 それで死んだら自分が殺したも当然だと思う。
 ただ、まともな別れ方さえしてれば、死ぬとか、遺族には申し訳ないけど、ニュースでよく見る痴情のもつれによる事件なんかは起きないと思う。いい加減なことをしてるからそういう結末が待っているんだと思う。

 私は3人いた彼氏にいずれも浮気され、挙句フラれたけど、別れる時は少しはマシだったと思う。DVを受けていた彼ですらそう。別れを切り出したのは自分だからと、私は思いきり不平不満をぶつけたけど、それを全て言い返すことなく聞いてくれた。それだけは救いだった。
 お互い悪いところはあるにしても別れを切り出す人間が、フラれる人間の意見にいちいち言い返したりしてればこじれるに決まってる。せめて最後くらいは言いたいことを言わせてあげたい。それは前の恋愛で私が学んだことだ。ついに、自分からフるような恋愛を経験することはなかったけど。


 彼氏もいて、別れて死ぬと言ってたけど。嘘も下手、彼氏にもばれるし止められるし、以前の失恋でも死のうとは思わなかった。悪いけど、いくら自分のせいで人が死ぬからって、後追いするほど責任感があるわけでもないし、強い人間じゃない。
 彼女には支える人がいるし、今はいなくてもすぐに出来るとわかってる。年齢の割には経験人数も多いし、自分でモテると言ってたからね。こういう人間は絶対に死なない。
 こういう経験を何かの糧にしてくれればいい。そんなことしなくても人は生きていけるってのが悲しいよね。社会に出てお金さえあれば、どんな人間でも法さえ侵さなければ生活もできるし幸せにもなれる。そんなもんなんだよ。心なんて必要ない。
 人を思うこと、大事にすること、いなくなること。自分が生きるうえでは関係ない。
 大丈夫、とだけ言ったら安心したようだったよ。彼女のいいところ、好きだったところのひとつ。信じること。今回は利用させてもらうけどね。

 大丈夫は二人の合図のようなものだったということは私も聞いていたから知っている。
 ちょうど彼が悪夢を見ると言ってた頃、彼女は毎晩のようにおやすみと大丈夫を言ってくれてたと。結局治ることもないし今も続いているけど、あの頃の先輩は今よりマシだった。
 それと同じだけのことを彼が死のうとしているときにしてれば。悪夢を見ていた頃は、多分彼女は多少なりとも彼への気持ちがあったからできたことだろうけど。

 それに彼女は逃げた。自分は幸せになりたいから放っておいて。恋人ができればそんなもんだと思う。人は、本当の思いを一人にしか捧げることはできない、それは自分の恋愛経験で学んだこと。そして、私が彼女を追い込んだこともわかっている。

 こ-で-も死---すむ

 え?
 
 考え事をしてて、途切れ途切れでよく聞こえなかった。でも、モトカノが死なないっていうのはわかる。
 遠く離れて会ったこともない人だけど死ぬときの嫌な感じはないし。
 何より、彼女と連絡をとったときに感じたこと。悪いとは思ってるけど、なにが、どういうふうに、が全然伝わってこなかった。
 私が感情的になっていたこともあるけど、彼を助けようとする意思が驚くほど薄かった。
 自分が死ぬ必要がないことをわかっているし、なんでここまで追い込まれなければいけないのかと不満だったはず。話すのは自分のことばかりで相手を思いやる気持ちすらなかった。

 別れて八ヶ月、私はいつまで続ければいいのか。そんなことも言っていた。自分が壊したものの長さを考えればそんなことは言えない。そしていつまで待つかを自分で決めようとしているのにも驚いた。ケアが必要な人間にいつ治るの? そんな無神経なことを言う人はいないから。人間誰しも自分が一番、だけど彼女は自分がしたことのわりに、その度合いがあまりにもひどかった。

 私は口だけじゃなくてよかった。
 二人で生きられればいいとは思わない。彼と一緒なら私はどこにでも行けるし、ついていく。
 でも、この生活が続くなら、やっぱり彼と一緒に生きていたい、幸せになりたいと思うのも本心。
 冬にも思ったこと、体がつながればつながるほど、重なれば重なり合うほど彼と一緒に生きたいという気持ちも強くなった。

 でも、とは思う。

 本当に死なないと思いますか? それにもし連絡きたらどうするんですか?

 やっぱりか。

 何がやっぱりなの? 先輩は笑ってくれた。普通の笑みだったけど、すごく怖かった。心の底を見透かされたような感じ。何を気付いたの?

 死んだ後のことは気にしない。それに彼女は死ねないって言ったよね。連絡がこないことが死んだってことにはならない。彼女はそこまで考えないし、何より死ぬ気がないからきっとこう考える。

 私から連絡を絶つって言っといて、それを破って連絡して、返事がくるわけないよ。


 最後は普通に終われたと思う。いい三連休を過ごしてって。

 これで終わり。彼女はこれで何も気付かずに普通に過ごせるんじゃない? カスミと一緒に幸せになるって、そう思ったままね。
 彼と付き合うまでの期間が長かったせいもあったし、何よりたくさんの会話をしてきたり、私の気持ちもあったからか、偽りだったとしても恋人生活は驚くほどすんなりと送れた。
 敬語とか先輩と呼ぶ癖はなかなか抜けなかったけど。

 自分から人を好きになって付き合うっていうのが初めてだったし、前3人の彼氏はそれほど大きく代わり映えしない恋愛だったからか、とても新鮮だった。

 元会社の先輩で、彼のモトカノから話を聞いてたことがわかった。

 重くするかどうかは、相手じゃなくてあなたの行動次第

 先があるのなら、私はひょっとすると彼にとって重い女になるのかもしれない。

 夜になって、何もかも終えて寝るだけの時、決まって彼の腕の中でいろいろな話をする。
 私の夢見た恋人生活がそこにはあった。

 ねぇ、もしモトカノがやり直そうって言ってきたらどうする? 一人じゃないよ。昔付き合ってた彼女とかも含めてね。

 人にもよるけど、やり直さないんじゃないかな。

 当然だよね。やり直す相手がいるとしても彼女の前でそんなことは言えないか。
 本題は次だった。私も罪に感じていること。それでも彼女のことを考えればありえないことだから。別れることも、連絡を取ることも。

 モトカノ、彼氏と別れたって言ってきたらどうする?

 それはないよ。

 ちゃんと答えてほしいな。

 彼女が何で別れたのか理由にもよるよ。フッたフラれた、別れても連絡はこないだろうし、彼女がこっちに何をしてほしいのかとか、自分に何が出来るのか、それ次第。

 何で私を安心させてくる答えをくれないの? 確かに彼女はもう連絡を取らないと言ったかもしれないけど、もし連絡をとってきたとして、彼にも、そして彼女の私にもそれを咎める理由はない。彼女を追い詰めたのは私だから。
 それに先輩は優しい。それだけは今も変わってない。彼女が連絡をとらないと言うのを破っても、何でまた連絡してきた? とは絶対に言わない。
 必ず返事をするはず。
 だってそういう人だから。彼女もそれくらいならわかるはず。連絡がこないと知った彼女は。
 私は必死に逃げようとして別の質問を探していた。

 アイには一応メールしてるから。今週末来るか来ないかまではわからないけど。

 救いの手。私も頭の片隅に常においていたこと。携帯のない今となっては連絡をとることができないから。かわりに、彼の二台持っている携帯の片方を使わせてもらってる。
 メルアドもかえ、電話番号だけはそのままに。
 この携帯は彼がモトカノ専用として持った特別な携帯。私はそれを譲ってもらった。あげる、と言われたから私はこれを自分の携帯になる。

 なんか重い話をしてしまった。無理に元気を出して、彼と重なる。たくさんわがままを言って全てを満たしてもらおう。
 寝るのはもうちょっと先になりそう。