希望とは、決して、一部の人だけではなく、誰でも作り出せるものだ。

今は、その希望のつむぎ方がわからないから、苦しんでいるのではないか、と思っている。


昔の若者は、比較的、希望を持ちやすかったのかもしれない。

高度成長時代は、「3C」(クーラー・カラーテレビ・カー)に代表されるように、

誰もが手にしたいと願う「モノ」が共通の希望だった。


今の若い人は昔にくらべて、車や大きな家をそれほど持とうとは思わなくなった。

「癒し」ブームが起きたように、共有しやすい「モノ」から各人の「キモチ」へと希望の方向性が変わってきている。

また、希望は与えられるものではなく、一人ひとりが作り出すものになってきている。


では、どう希望を作っていけばいいのだろうか?


(④につづく)



20代の若者を調査すると、「希望なんかをもっていても仕方がないと思っている人」が5人に1人もいるそうだ。

希望を拒否する人がこれほど多いとは、大変深刻な現状だ。


今の若者を取り巻く状況は決してハッピーとは言えない。

でも、そんな時代だからこそ、人間はよりよい明日を求めてしまうものだ。


さまざまな経営者から苦悩をどう乗り換えたのかということを聞くと、

「苦しみながら、必死にもがくうちに、何か希望のようなものに突き当たった。」という声が多い。


「希望は、与えられるものではなく、自分の手で作るもの」なのだ。


しかし、これは、希望をつくれるのは、能力のある人だけということではないのか?


(③につづく)

「今は希望がない時代だ」といわれているけど、希望というのは、本当は誰かから与えられるものではない。

自分自身でつくるものだ。


格好良くなくてもいい、多少、失敗してもいいから、自分の希望の絵を描いてみよう。

その実現に向けて、しっかりと大地を踏みしめながら、歩みを進めてみよう。


(②へつづく)