箱入り息子のパリ -5ページ目

箱入り息子のパリ

ありがとう人生!

バイトのこと パート1(バイトとパートがかかっている超面白いギャグ)

 僕にはそれほどアルバイトの経験はない。中高は私立の一貫校だったし、自宅から一時間ほどかかる場所だったので学校帰りに、というわけにもいかなった。普通の高校生が果たしてバイトしているのかについては、全くもって想像もつかない。いい意味でも悪い意味でも半ば隔離された学生生活を送っていた。
 そんなことは脇に置いて、本題に戻る。先述した通り、僕はアルバイトの経験、ここでいうアルバイトは長期という意味、が二つほどしかないし、そのうち一つは長期というにはいささか問題がある。周囲の友人の中には、一般的な家庭という観点から見て、かなり浮世離れした暮らしのやつもいたが、基本的には大学入学後に何かしらの長期バイトを始めていた。
 当初僕もそのステレオタイプ的発想と心中しようと考えていたので、何とは無しにバイトを探していた。しかし、同時に自動車学校にも通い始めていたこと、新生活の見せかけばかりの華やかさや忙しさに少なからず飲み込まれていたことが重なって、本気で履歴書やら面接について考えたことはなかった。適当に塾講師でもやっておけばいいかと、意味のない徹夜続きの毎日のなかで、自分の部屋でぼんやりと思ったりもした。
 そのうち大学での身の処し方もうっすらと板につき始め、免許も無事取得し、ガールフレンドとのデートに少々お金がかかることに気づき始めた僕は、”職探し”に本腰を入れることにした。
 当初の予定通り手っ取り早く塾講師になることを決めた僕は、早速履歴書を購入して、適当に検索して出てきた大手の予備校に面接に向かった。正直、大層な学歴(当時はみじんもそう思っていなかったが実際のところ相当のものと世間では認識されている)もあったし、幸い中学受験や大学受験の時の知識が僕を採用へといとも簡単に導いてくれた。
 いざ採用通知を受けた直後、同種で低賃金労働を強いられている知り合いの不吉な話を耳に入れた僕は、ネットでその予備校の評判なるものを検索してみた。結果的に、僕が慣れない安物のスーツやらに体を通して、いかにもさえない中高生の脳みそに無味乾燥の既定事実を流し込む機会は永遠に訪れなかった。
 そこから多少の時間経過はあったものの、”普通のバイト”で同期や先輩たちと元気に働く姿を想像し、何回か、多分6回ほどだろう、履歴書を持ち込み面接を受ける過程で、社会の厳しさ(今ではこの見方が誇大妄想であり、単なる思い違いであることを僕は理解しているつもりだ)を知った。具体的に言えば、だいたいの、いやほぼ全ての面接は以下のような手順を寸分狂わずに、まるで世界的に名の知られたバイオリニストの奏でる音達のように、辿った。
 まず担当者は履歴書にざっと目を通した後、僕の輝かしい歴史にため息をつく。そして簡単な質疑応答に入ると、やや顔をしかめる。面接の終盤には、ぼくに対して明らかな失意の、あるいは目にゴミが入ったかのような、表情を見せる。最後に、とってつけたような挨拶の文句を並べて奥に引っ込む。僕は毎回デジャブを見せられている気分になった。
 しかし、その時の僕はくだらないと半ばわかっていながら、それまでピカピカに磨き上げてきた自尊心を道端のゴミ箱にぽい、と投げ捨てることを受け入れられなかった。そうやって、僕は依然として、マルコ・ポーロよろしく自らの中にジパングを探していた。尽きることのない黄金の海に沈む何かを。