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勇猛果敢で豪胆なイメージがある戦国武将。
現代に残されている肖像画や描かれた武者姿からは、なかなか生身の彼らの姿は伝わりづらいものがあります。
さて、ここで我らが伊達政宗様の身体測定を行ってみましょうかね。
昭和20年(1945年)7月の仙台空襲で街は焼け野原となり、政宗公の御霊屋である瑞鳳殿も焼けてしまいました。しかし、昭和49年(1974年)にこの瑞鳳殿の再建話が持ち上がり、発掘調査が行われました。
その時に政宗様の遺骨に対して行われた学術的調査により、身長は159.4㎝、毛髪から血液型はB型であることが分かりました。
「身長159.4㎝」 皆さんはこの身長を聞いて、どう感じましたか?
「160㎝無いって、意外と低かったんですね」
「いや、当時の人としては平均なのでは?」
実はこういうことなんです。
現在の日本人の平均身長は年代別に差はあるものの、ほぼほぼ170㎝±3㎝ぐらい。
政宗様が生きていた16~17世紀は157㎝ぐらいが平均身長ですから、159.4㎝は当時の日本人としては至って平均的な背丈だったということになります。
皆さんのよく知る戦国武将の身長を調べて見たところ、あの織田信長が170㎝(五尺六寸)「天下人」の豊臣秀吉が150~160㎝で、德川家康が159㎝。
ごっついイメージのある武田信玄が実は153㎝でして、好敵手の「越後の龍」上杉謙信も156㎝なんですね。ひょっとして、あの憧れの戦国武将は皆さんよりも背が低かった!?のかな。
実は、政宗様の159.4㎝という身長を芸能人に当てはめてみると、ほぼ「ぴったし・カンカン」な人がいるんです。それは誰かと言うと、、、。
AKBの元メンバーでもある、「サッシー」こと指原莉乃さんの身長がちょうど159㎝。
そう、あの「サッシー」と政宗様はほぼおんなじ身長なのですよ。!(^^)!(覚えておいて、損はない)
続いて、血液型の話に移ります。
前述の通り、政宗様の血液型はB型。
B型の性格は一般的に次のように特徴付けられています。
活発で行動力があり、仕事にも夢中になって取り組んでいく。思いたったら迷うより先にすぐ行動する。物事のマイナス面よりプラス面を重視し、つねに前へ前へと進んでいく。周囲に気を使いすぎることもなく、まわりの環境の影響を受けることも少ない。世の中のしきたりにこだわらず、他人が二の足を踏むようなことをやってのける。好奇心が旺盛で、情報をキャッチするのが早い。多趣味な人が多い。考え方が型にとらわれず、変化に即応でき、アイデアが豊かで発想がユニーク。美的センスにすぐれており、芸術面でもすぐれた才能をもつ。
なるほど、戦国武将としては天下人に引けを取らない抜群の存在感を発揮した政宗様ですから、なんとなくB型の性格分析がピッタリな感じがしますかね。
そして、ここに我が宮城県が産んだもう一人の「郷土の英雄」も実はB型なんです。
二度の冬季オリンピック金メダリスト、世界の「ユズ様」こと、羽生結弦さんも血液型はB型。
しかも、この二人の共通点は血液型だけじゃあ、ない!
66年ぶりとなるオリンピック男子フィギイアスケート2連覇!という快挙を達成した時の羽生結弦さんの年齢は23歳!
我らが伊達政宗様が小田原参陣 太閤秀吉に謁見した年齢がちょうど同じぐらいの年齢なのですよ!
天下人を相手に堂々と渡り合い、大仕事を成し遂げた政宗様!
ケガからの復帰という不安とプレッシャーの中、堂々の演技で2個目の金メダルを手にした羽生クン!
逆境に打ち勝ち、期待された目標をきちんとコンプリートするあたりは見事な共通点。
仙台国際センター駅前のこのパネルと
仙台城本丸にあるこの騎馬像
仙台に来たら、この前での記念撮影は外せないですね。(^o^)
※昨今の歴史研究の進展は目覚ましいものがあり、過去の書物に記された史実や出来事などとは別の説が発表されたり、歴史認識が改められたりしている事も多く見受けられます。このブログで書かれたことは、諸説ある中でも多く語られることの多い部分を抽出して書かれたものであり、歴史認識や見解の確からしさを断定するものではありませんことをご理解頂きますようお願い申し上げます。