秋晴れの日、というかもう12月ですね(笑)冬?
今年ももうあと一ヶ月!?
感覚的にはこの間明治神宮に初詣に行ったのに!って感じ。
さて昨日、
職場の目と鼻の先なのに一度もまだ足踏み入れた事のない、
国立新美術館に行ってきました。
ゴッホを見に。
人人人なのは予想して水曜お昼時に行ったけど、無駄だった。
日展も開催されており、人人人人人ーーーー!!!
ドームのライブかい!?みたいな。
覚悟して入る。
この人の流れには入らず引いて眺めて時折食い付く!を繰り返す。
ゴッホか岡本太郎か!みたいなSDCHのイメージだったけど、
今回、完全に覆されました!
彼は、20代後半で絵を志し37で他界。
パンクと言えなくもない短く濃い人生。
その初期はとにかく、好きな画家のコピーと、基本の素描だった。
独学でコツコツと腕を磨く職人。
挿絵なんかで食べてたのかも。
ドラクロワにかなり影響されてるんだなぁ。
でも、スーラに影響されていたのには驚き。
精神的には、ミレーの『落ち葉拾い』人の動きに生命。太陽よ大地。命の循環。
今回、彼の作品でSDCH的に心に響いたベストな作品『サン=レミ療養院の庭』
彼の綺麗なサインが右下に入ってる。重厚でキラキラしており横から見ると絵の具が盛り上がっている。沖縄の生命の濃さを髣髴させる。これを描いてた頃の彼は、精神の病を患い、でも純粋に自然のパワーを感じて敬意を払っていたように思う。
あとはスーラ的な『オリーブ畑と実を摘む人々』
淡い夕暮れの農作業なのだが、引いて眺めてると、凄いパワーがぐおぉ~って出てる。
これは、近くに展示されてるいかにもって感じのぐぅおお~~!!な
『渓谷の小道』の人を飲み込むような圧倒的なうねうね~とは違う不思議な感動がある。
そしてTVで見た平井堅が見てた『アルルの寝室』
自分は既に、館内での大勢の人々の流れ(ほとんどが年輩の方々&少々若者)とは行動が違うなぁ(笑)と思い変わってるのかなと自問自答(笑)でも、そんな事はどうでもよく、どうしてもどうしてもこの絵が気になるのだった。
それは、
ベッドの脚の輪郭が黒でなぞられてるのだが、全体は茶系か赤っぽい輪郭なのに、手前の脚そこだけなんだか中途半端に、本当に・・幼児が書きなぐったようにぐいっと黒くてやけに目に付く。誰も気にならないのが不思議なくらいに。何これ!?(←そこかよ!みたいな突っ込みをどうか(笑))
他の作品も『ゴーギャンの帽子』の椅子とかの輪郭縁取りを見ると、
背景の合わせて後ろは薄く、手前を黒く縁取りしてるのかな・・とも思うのだが。
拝啓、ゴッホ殿。
あのベッドの手前の脚はなんなのですか?(笑)
彼はどういう思いにがんじがらめになって、苦しんでいたのだろうか。
逃げたくて、最後は楽になりたくて、きっと麦畑でピストル自殺を行ってしまったのだろうか。お墓は弟といっしょ。少しそれにほっとした。
彼の言葉に絵の事ばかりに取りつかれて、心が壊れてしまって、疲れたみたいのがあった。
そして、死後にやっと注目されることとなる。
不条理。
彼の言葉と行動と絵を見ると、悩んでいたのかなぁと思う。
田舎や自然に囲まれて、なんでなんだろうなぁとか。
もう少し歳を重ねて理想主義を手放して、外の世界、人を受け入れられたら楽になれたろうにとも(って自分か(笑))
ともあれ、もしもゴッホがそこを乗り越えてたら・・・
どんな作品を見せてくれてたのかなぁって思うのだった。
でもね。
ロックで言うとパンクロック!なゴッホの作品が頂点だったわけだけども、
実はあれは、それ以前のずーーーーと職人的なポストロック的地味な構築作業の連続の果てだったのだなと思うと、今もし自分が音楽したらおもろいだろな~なんて思いにふけったりする夜長。。。。(笑)
あ、ただ初期パンクの爆発荒削り!なのが段々丸くなって・・
まともになってつまらないあくびが出るような規格内ロック。。。。
ってパターンはありえないよなぁなんて確認したり(笑)
あ、どうでもいい独り言っす(笑)
期待してたものは得られない、が基本ですね(笑)
ああ、でもまぁ、ゴッホの基本の『種まく人』
飾ろう♪
帰りにいつも素通りする”勝どき駅”
まだ降りた事なかったので、昼ごはん食べようかな~と。
近くの公園で少し休憩して帰宅。




