この半年ぐらいだろうか、本が読めなくなっている。字が読めないのではないよ(苦笑)たまに図書館には通っているのだが、本を手に取り、物によっては字に威圧され・・開いて数秒でパタッ(閉)。。。
何冊かそれでも借りてくるし、本も買ったりしてるけど、結局、ずーっとのめりこむとか集中とかはできない。クロールの息継ぎ状態。すぐにこっちに出てきてしまう。ゆるい系エッセイとかなら、ぺらぺらめくって、一つくらい”なるへそ~”とgetして閉じるみたいな。ああ持久力まるでなし。
そういえば、3年くらい前。
初期ブログを書いていた頃、なんだかマイナス言葉ばかり書いていたような気がする。仕事を辞めてしばらくして、ある人に言われたのだが「あなたは理屈思考でがんじがらめになっていますね~」みたいなことを。確かに、あの頃は何かを忘れ失い、イラついていた。よく女の直感よ☆みたいな事を言うじゃないですか、失ったものってたぶんそういうたぐい系だと思う。ロボットに成り下がっていたのかもね。
で、現在の住処に引越して、旅して、ゆるゆるに心身開放して”自分を大切にする”という、人としての基本をゆっくり思い出してきた頃から、閃きみたいなものも徐々に、ピカッピカッと復活してきた昨今。
と、同時にあれれ?本が読めなくなってきたのかも?という現象。例えば偉大な作家とか関係なく町田康、古川日出男とか字のパワーやスピードなどと向き合うのが息苦しい。まぁ、いつか読めるようになるのかもしれない。そんな自分に驚いたが、今はもう慣れた(笑)
そんな中で、最近山本精一『ゆん』
ゆん!?ゆんて何やねん(爆)らしいなぁ。なんかわからんけど(これ大事(笑))この本は、図書館のある書棚に踏み入れた瞬間、ズドーン!って音がするくらいに目に飛び込んできて、なんやねん???て見たら『ゆん』やった。かなり直感なんだろうね、これって。そっかーこれかー!って手に取った。
かといって、例のごとく部屋に帰ってきても、しばらく開くこともなく。
ある夜、寝る前にぱら~とめくったら、とにかく話が短い。エッセイか(笑)しかもどうでもええ話だけど、ああ生きとるなぁ。そして、それでそれで、どうなるん?て期待が沸くと終わる、必ず終わる。まるで、ライヴと同じ。いきなりギター投げ出して終わるんやもん山本精一。でも、本では「あれは怒っているわけでも、不満でもなく、集中してるんです」って(笑)らしいなぁ。
なので、TVドラマみたいに、話がよくできとる、じわ~っと心が満足~みたいなのはない。だからリアルだし、大阪だし。においとか、質感とか、風景とか。本読めてるやんか(笑)そういう意味で読める本。
そっか、今のsdchにとって本を読むっていうのはなんだか、日なたぼっことか、散歩に近いんやな、きっと。文字は記号、情報だけど、風とか風景とか、空の色とか空気なんやなぁ。オンガクの歌詞もおんなじ。説明するのはもう気持ち悪くなる。風の音くらいにしか聞いてないんよね、元々。そういう感覚をやっぱり大切にしていきたい。
脱線しました(笑)
そう思うと自然と、山本精一の奥さんをしていた、ちゃいなこと西浦真奈さんを思い出す(詳しくは11月の彼女の記事をば)こういう人と暮らすというのは、やはり色んな意味で人間的に凄い人やったんやなぁって。本当、話しかけておけばよかった一生の不覚(後悔)
気がつくと、もう本は読んでおらず、そんな事を考えてゆるゆると・・それを繰り返すのだった。ああ『ゆん』は楽しいから読みきるよきっと。(終わり)
