護真舎 Self Defence Academy ~生きる力~ -99ページ目
つづきです。
稽古にしても体の鍛え方にしても
繋がりが意識しろと言われました。
技の練習も出来ても出来なくても
次の動きに流れていき
ああ、全然できなかったと
思っても、またぐるっといろいろな
練習をこなして、半年一年経ったら
普通に出来ていて、自分でも
驚きでした。
要は、その時わからなくても
他の動きを会得したり、バランスの
良い筋肉の使い方を覚えたなら
体が一や二の情報から八、九、十を
理解してくれるようになるということで
それはみんな同じ体験をしていて
不思議だと盛り上がったものです。
みんながみんな自分なりの工夫を
しますから
同じ練習をしていても
組手のスタイルがみんな独立するんです。
その中での攻防があればあるほど
体が情報収縮をして
万が一の時の防衛反応や守備力
さらには危険への感知を高める
こと繋がります。
競技では無く、体を駆使して身を守ると
いうことは生き物という視点からは
日常生活に密接な関係があると考える方が
自然で、自分なりの創意工夫をすることを
経験しておくことは
生きる上での力となるというのが
このような修行時代の『基本』が
僕に教えてくれた宝物。
それを人間活動に落とし込む生き方を
しています。
とは言え、どんな事からでも
同じようなことは得られるはず。
そんなに特別なものでもありません。
社会にはいろーんな世界が存在して
いて、僕の話はその中のとある世界
の端っこで長年のやって
いる者の見ている景色に過ぎませんので
へえ、そんな世界もあるのかという
程度で捉えて下さいね。
つづきます⇨⇨
スポーツ系と護身の
体へのアプローチの仕方が明確に
違うというお話を書いてみたいと
思います。
通常、『基本』と呼ばれる動作を
繰り返し反復してから、ゲームや
試合に参加していくもの、それが
【常識】のようになっていますが
護身として体を意識した場合は
この『基本』の捉え方が大きく異なり
ます。
スポーツは種目別にそれぞれに特化する
筋肉がありまして、そこを繰り返し
鍛え抜くことで結果が生まれ、
試合に勝ち、自分やチームに価値が
生まれるものですが、【身を守る】に
目的がある護身の場合は、一つの動きに
特化する方が危ういので、まんべんなく
いろいろな動きを体に染み込ませる事が
大事になります。
ある動きで100点でも別の動きでは
0点では危険なのです。
ルール無用のトラブルに対応するには
バランスよく、いかなるシチュエーション
でも体が反応できないと生き残る確率が
下がってしまうからです。
さらには、バランスよく体の使い方が
分かっていた方が、運動系の習い事や
クラブ活動で活かせるので、子ども達
にとっての順応性を高める意味での
護身術であると僕自身は考えています。
その上で、自分にあった動きを磨きあげ
れば良いのでそれぞれの生まれ持った
肉体の個性を活かすお手伝いにもなる
のではと思っています。
この考え方は僕が学んだ武道から
生まれています。
入会したその日に
教わったのは、簡単な構え方、
防御のやり方、拳の当て方と
蹴る時に使う部位
そして、一番大事なのは
『とにかく当てること』
形に囚われずに当てることに集中
ということのみ。
自分の攻撃を当てて
相手の攻撃を当てさせなければ
いいだけ。
武道家の理想であり
格闘技でもプロ中のプロしか
できないこと。
それを入ったその日に
簡単だろ?
と言われて
お、押忍、、
と答えるのに精一杯で
その日にもう組手に参加して
とにかく、当てる
とにかく、よける、はなれる
と必死になっていた記憶が鮮明に
残っています。
シンプルなんですよ。
そこに理解度や技術力、経験値が
加わることで高みへ一段一段と
こなすだけ。
逆に言えば、今日習って今日使えない
ならば(その時の自分レベルで)
意味が無いというこの考え方は
自分に光明というか衝撃を与えて
くれました。
だって、身を守るのに一年かかってたら
意味ないじゃん。
そーっすよねー!
あら、書きたいことに
辿りつかないので
つづく🤪
稽古始め。
L奈、M依のお友達が来てくれました🎵
ありがとうね^_^
けっこうやれていて
みんな驚いてたな🤩
また、遊びに来てね🎵
受け身から始まり
ミット打ちミット蹴り
捉えられた時の対応各種と
流し組手といった内容でした。
みんなお餅は何個食べましたか?
自分は20個以上いっちまいましたね。
さあ、護真舎
今年も通常運転始まりました!
自分を沢山、表現して下さい✌️

