一年間膝のマッサージを続けたら

こうなった。




つづきです⇨

話がまたもやごちゃごちゃ
し始めましたね。
いかん。

武道というものを考えた時
日常生活と解離してはいけないと
教わりましたがこれは意識の問題で
どう結びつけるかということなの
だと思っています。
護身はその中でさらに
その部分を深掘りしたもの。
ん?違わないか?同じか。


精神的なものについては
【個】に焦点を当てるものなので
否が応でも自分を見る作業を
大人も子ども無く自動的にやって
いるのだと思います。

帯が上がるにつれ
思い切り技を相手に使えなくなる
わけですから、抑える心との闘いも
始まります。
その先に行くと
技を使わずにちょっとした構え方の
変化や、立ち位置、経験から得た
相手の心理状態を感じて制すること
の重要さを知る段階に入ります。

そうなると、相手と向き合いながら
自己対面をしているようなものです。
相手がどうこうではなく、自分が
どう感じどう動くのかだけのこと。

トラウマみたいなものが心の中に
あったならば、それを解放して
手放すのか、それともそいつを
飼い慣らして自分がコントロール
するのか、大袈裟ではなく
そんなところまで繋がることも
人によってはしているでしょう。

と、ここまで違いがどうとか
書きましたが

すみません

ちゃぶ台をひっくり返します




オラァ‼️

なーにが

ちがうんだ‼️



スポーツだって、勉強だって、
武道だって何だって
人のやることでした💦
何をしても、何を選んでも
いいじゃないっすか。

弱くて何が悪いんすかね。
いいじゃないっすか。


ただ、本当は逃げたくないのに
逃げてしまう自分を
一番分かっていて
一番嫌っている
それをいつも心の中で誤魔化すのを
自分が全部見てる。
だから、一番苦しいのも自分。
散々苦しんで傷ついている
それがうまく表に出せない
のも自分がよく分かっている。

ただ、それに飽きたら
自分次第で何かは変えられる。
だって人はみんな違うし
みんな同じなんでしょ?
違うようにも同じようにも
選べるってことでしょ?



どの世界ても自分をしっかり生きている
方々は皆さんどこか同じことを
言っておられましたね。
結局は自分がどうしたいか
それだけで世界が変わってしまう
良いも悪いも関係無くみたいなこと。
僕ももっと成長したいっすわ。

簡単なのか難しいのか
違うのか違わないのか
そんなことより
どうしたいかだけでしょ笑

護身術が自分にそんな
問いかけをしてくるので
ありました。

頑張ります😭









つづきです


指導員、師範の時に教わったのは

組手を必ずさせること

同じ動きばかりをさせないことなど

例えば同じようなシチュエーションで

同じ体の使い方をさせないとか

毎回毎回、何百回、何十分と

やってしまうとそれが何年も続いた時に

軟骨を摩耗させ、怪我の原因となりますから

日常生活に支障が出ぬよう、後々の事まで

意識した指導を心がけなさいなど。


ジャンプしたり

技の練習にしても板の間でやるのと

マットのような柔らかいところでは

使う筋肉やバランス力が細かく違って

きます。


鍛えている部位や当てる部位

は細かく意識せず

丹田、お腹の核から連動させるよう

繋がりを意識させるなど

書き出せばきりがありませんが

よく聞く筋トレの意識の仕方とも

違いますし、力の抜き方も違うように

思います。


前回の怪我の際の組手は

神経まで機能停止したような

妙な経験をしましたが

一年後は足の安定を心掛けた分

丹田を中心に動けましたから

速い動きのわりに実は脱力は

ましになっていた実感がありました。


つまり、こちらの方が勝手に

体が動いてくれていたことに

なりますね。


護身的な体の活動は

単なる肉体を鍛えあげたら良いのでは

無く、体を動かすエネルギーを生む精神

のバランスまでが一つの繋がり

だというこの確認作業は有意義な

ものでした。


このように

護身的な身体操作は他よりも

ダイレクトにメンタルが関係してきます。


つづく⇨⇨⇨