百歳

になられて半年がたつ後藤先生と、

先日電話でお話ししました。
どうしてあんなにお元気なのだろう、

と改めて思います。

さまざまな形でご自分を表現し、

今もなお作詞や執筆の活動を続けていらっしゃることが、そのお元気さの理由なのかもしれません。


日本人は昔から百という数に深い意味を

込めていますよね。

百聞は一見にしかず

日本百名山

百貨店に百科事典


気になって調べてみると

百は「特別なまとまり」や「重みづけ」

を表すのだそうです。

たしかにね。

人生百年分の深みと触れ合える機会

というのは誰もが持てる訳では無いので 

しょうから、僕は恵まれていると思います。


そんな後藤先生との会話の中で、

ふとAIの話題になりました。
出会ってからの十二年で、

世界は本当に大きく変わりました。

AIの便利さは目を見張るものがあります。
けれども、ふと考えてしまうのです。


もし、いきなり輩に絡まれたとしても、

AI様が何とかしてくれる時代が

来るのだろうか、と。


AIロボットのボディガードが、

黙って守ってくれる未来。
まるでSF映画のワンシーンのような世界が、

すぐそこまで近づいているのかもしれません。


面白いような、つまらないような。
安全なようでいて、どこか危ういような。

けれど結局のところ、この肉体をどう扱うかの

責任は、いつだって自分にしかありません。
だからこそ、どんな時代になっても

揺るがないように、心も体も、

少しずつ高めていくしかないのだと思います。