護身と護心の関係というか
イメージは何となく伝えられた
でしょうか。
では、護真ですが
これは一番説明しにくい
というか実は説明ができません。
なので、自分自身を守るために
必要な護身と護心を模索する上で
見えては消え、消えてはまた見える
ような一瞬の真実や真理だと
考えられますが、それ自体は本来
変わらずに在り続けているもの。
でも、それに手を伸ばす者の心理状態で
急に見えなくなってしまうもの。
気を抜いたら消えたように触れられなく
なるもの。 本当は在り続けているのに。
それを愛という言語がイメージ化し易い
と思っています。
憎しみに変わったり、渇望して逆に手に
入らなくなったりね。
本当は自分自身の中にそれぞれ在るはず
なのに、他に求めたとたん
なんだかねーみたいな事になるから
そんな風にしながら
苦しみもがいてたまーに
何かが見えるあの一瞬の自分の
在り方。
いつも同じようにはいかず
毎回毎回が問われる瞬間。
みたいなね^_^
愛がどーこーは
分かりやすく?なってるか分からない
ですが、伝わり易いかなと
例えてますので優しさとか厳しさとか
そういうのも愛と呼んだりもするでしょっ
て事です。
結論。
真実は
きっとその人にしか分かる事は無い
ものなのでしょう。
だから、自分自身が自分自身の
真実を大切にできたら
生きる力になるんじゃないか
それが三つ目の護真に込めた想いです。
何かで悩んだ時
大きな決断をする時
みんなが大人になった時
どうか、三つのごしんが
みんなを護ってくれますように。
そして、自分自身を救うのは
誰かじゃなく先ずは自分なんだって
事を思い出してくれますように。
以上、三つのごしんに
まつわるお話でした。

