季節は冬になっていた。

いつものますスパーリングでは
最初からヘッドギアは着けていなかった
のだが、グローブとレガースは
着けていた。レガースとはサポーター
よりも厚みのある、スネ用の防具。
そのレガースはつけずにやろうという。

僕は防具などせずに組手をする武道で
育ったのででむしろ
その方が勝手は良かった。
邪魔なものが一つ外れたくらい。
グローブだってまだ違和感がある。


A先生は
この数ヶ月、自主トレをして
多少は動けるようになってきたから
と言ってグローブをパンパンと
叩いて笑顔を見せた。

いつもと違う雰囲気。


この日が、A先生との最後の練習に
なることをこの時僕はまだ知らない。


お互いにグローブをポンと合わせて
始める。

ここからは僕の記憶と主観のみで
書く。


僕は軽いフットワークを踏みながら
ジャブを打った
先生もそれをガードしたり
かわしながらすぐに打ち返してくる
それは
毎度のやり取りから始まった。


キック、パンチのコンビネーションで
お互い体を温めている感じ。
しかしながらいつもより
距離を縮めてくる

やはり、何か違う。

これまで手本をなぞる動きを心がけ
ていたけれど、どうやらそうも
いかなさそうだ。

第一線で戦っていた人間を
侮れば必ず痛い目にあう
こちらが若いからなどという
愚かな思考がとんでもない悲劇を
もたらすことも知っている。


フワッと上がった右足を
軽く左腕でブロック。

蹴りが当たる瞬間、速度が変わり
当たった腕に妙な痛みがあった。

よく、ムエタイやキックの選手が
お互いのガードの上からガンガン
叩き込むシーンをみるけれど
あれを思い出した。

直ぐに同じ足でハイキックがくる。
よけたグローブの上からでも
パワーが伝わる。

こちらもミドルキックを打ち返したが
所詮は猿真似だ。
キックボクシングの構えから打っても
やはり借り物の蹴りでしかない。

何事も無かったように前に出て
ヒットポイントをずらされ
ているのがわかる。

こちらの蹴り終わりのタイミングで
ストレートを合わせきた。

カウンターだ。

遠慮して軽く打っていたのがわかる。
ガードはしたけれど
こんな感じじゃこの雰囲気が
台無しなりそうだと思った。

当たり前だが
やはり、上手いのだ。
そりゃそうだ。

キックボクシングの猿真似だけじゃ
このスパーの意味が無い気がした。

キックルールで自分自身が学んできた
武道の技を使うことに意識切り替えた。


またあの軌道のミドルが来た。
テストしているのか?

今度はこちらから踏み込んだ。
先生は顔のガードを固めた。
その上から先生が評価していた
パンチを打ち込んでみる。

ガードしたグローブとグローブの間から
するりと僕のストレートが入った。

先生の表情が一瞬!?となる。
打った自分も!?だった。
軽く打ったはずなのになぜ?
自分でも意外だったのだ。

先生はウンウンと頷いている。

このパンチは僕が学んだ武道の
打ち方だ。 それが
ブロックした僅かな隙間をぬけた。

こんな風に入るのか。。

肩のフェイントから
同じパンチを打った。

また当たる。

まじかよ、、
学んでき技術の高さに
改めて驚いていた。

先生は肩で顎を隠し
肘をくの字に曲げグローブを
頭に付ける形で体ごと突っ込んでくる。

首投げのチャンス。
体が反応しそうに
なってしまうが
これはキックボクシングだ。
体にブレーキをかけた。

その隙間から見えた目つきが明らかに
変わっていた。
格闘家としての先生の顔を初めて見た。

今まで指導中にこんな顔はしなかった。
いよいよ始まるのだと感じた。


今はキックボクシングにも敬意を
払っている自分がいる。
対キックボクシングで対峙しても
失礼にはならないだろう。


先生も何かを察したらしく
蹴りの速さや重さが
一つ上のものになった。
受けたグローブから
パチーンという音が響く。

小僧、なめんなよ
というところか。

予期せず面白いことになり始めた。