武道や格闘技、僕なら護真舎の
稽古は人生に役立つものが
散りばめられているなんて話を
よく書きますが、その中でも
組手の効果について書いてみたいと思います。
組手の最中に僕らの思考や身体に
どんな事が起きているのか
未経験の人にはわかりづらいのは
当然です。
動物の本能には掴んだり打ったり
蹴ったりというものが備わっている
ので教わらなくてもその動作自体は
誰にでもできます。
その本能を訓練や知性、経験を
活かしながらコントロールする。
それを試す場が組手で
そこには生きるために必要な
智慧が無数に散りばめられていて
僕には宝の山に見えます。
例えば僕らが組手をする時
小さな失敗を沢山しています。
蹴ろうとしたらよけられた
不用意に近づいたら投げられそうに
なったなど色々です。
組手の最中に、うー自分はダメだーとか
落ち込んでいられません。
そんなことより、
次の動き、次の選択を余儀無く
されるからです。
気を引き締めたり
失敗を利用して次の技を成功させる
ためのフェイトに活かしたり
とにかく失敗=駄目 で止まるわけには
いかないんです。
外から見ていて、動いていなくても
内は相手の情報を瞬時に察知すべく
神経は繊細に張り巡らせています。
瞬間で最後はきまるので
それが早いか遅いか
動くか動かないかは
状態であって
常に瞬間瞬間の選択を迫られています。
レベルに関係無く
その人の基準で皆等しく
それらをやってのけています。
ある有名な脳科学者が
適度なストレスは脳内のある神経を
ブチッと切断し、そこから更なる
強靭な神経を再構築するのだと
言っていましたが
組手に慣れてくると多少の失敗は
あくまで行動の結果としか捉えなく
なります。
最終的に目的が叶えばいいし
その経験が積めるのが組手です。
脳科学的には脳神経にそのような作用が
働くのでメンタルにも変化が
あるのかもしれません。
個人の性格もありますから
差はあるのでしょうけれど。
レベルが上がると
体格や経験の違う相手に
自分がどう動けばやられずに
すむのか、自分のどんな特性を
活かせば互角にやりあえるのかを
探求するようになります。
そして試すわけです。
そこでまた失敗をし
では次はどうすれば自分が目的に
手が届くのかを考えて実行します。
つまり、やられた理由を客観視する
練習も同時に行うわけです。
相手に極(き)められたのは
自分がこうで
多分、相手がこうだったから。
自分が極めた時も然り。
みたいに。
そんな経験を積むうちに
相手が大きいとか経験値が上だというのは
単なる情報の一種で自分はどのように
動いたらいいのかに意識が向くように
なります。
だから、勝つ負けるの意識じゃなく
自分を活かすことに集中すればいいんです。
心理学や精神医学で
武道や格闘技を勧めるのは
自己対面ができるから
稽古中には日々のあれこれを
考える暇が無いから
集中するからだとのこと。
なるほどなるほど。
分かる気もします。
鬱っぽい人には散歩が良いのは
軽い運動に加え景色が変わり
進んでいる感覚が
あるからだと言われますが
組手はもう進むしか無いっすね 笑
どんな結果であれ
やり遂げた経験は毎回積み重なり
ますから、僕らの人生に小さな
成功体験を与えている気がします。
と
まあ、
以上の事を意識的でも無意識のうちに
でも経験してるんじゃないかと
それを各自の人生に活かせるように
いつかなってくれたらいいなぁと
思います。
護身術の究極は戦わず命を全うすること
ですから、その命を全うするには
まずは戦う術を知ること。
知れば、要らぬ不安は消え
要らぬ不安が消えれば
冷静に考えることができ
冷静に考えることができれば
自分の活かす術がわかる。
活かす術が分かれば
誰かと自分を比べる事も無くなり
比べなくなれば、ご機嫌に人は生きれ
ご機嫌に生きれたら
この上無く幸せ笑
そうなりゃ
天寿だって全うできそう♫
