子どもと関わる人生のきっかけを
思い起こしてみました。
19の時に縁あるご家族の
長男坊の高校受験の家庭教師を
頼まれた事が始まりだったんだな。
それから、何だかんだと
口コミなんかでこれまでに
14人の子の家庭教師を
させてもらえて、随分と幸せ者
じゃないか。
小学生から大学生。
必死でした笑
武道と英語で3歳の子から
これまた20歳過ぎまでの
子たちと共にいろーんな
体験をさせてもらえて
約300人の子たちと
過ごしてきた時間と経験の
お陰で、現在のスタイルに
たどり着いているはず。
だから
僕が頻繁に子どもはすごいとか
何とかほざくのは、
本当にいろんな感動や
奇跡的なこと
時には驚く程の抱擁力や赦しの心
そして真っ直ぐな力を
目の前で見せてもらった
現実があったからで
とにかく、僕が出会った子ども達
みんなが僕に沢山の事を
感情を含め
全身で教えてくれましたよ。
そして、感性が直感がと言うのは
単に理想を夢見がちに
語っているのではなく
全ての子達がそれぞれみんな
違う個性を持つわけだから
どんな場合でもどの子とも
一対一の関係であると
痛感しているからで
これこれこうならこうだという
How to本をなぞるような関係の
作り方なんかじゃなく、
その子の放つ何かをキャッチしたい
といった場合、
こちらもそれに見合うだけの
アンテナ📡📶を用意しないと
追いつけなくて
そのアンテナだったり
子どもの出すシグナルを直感や
感性と言っている場合が多いのです。
肝心な僕のアンテナですが
高性能の時もあれば
とんでもなくレトロなものに
なってる時があり
その違いは本人のメンタル。
つまりは、自分次第。
責任は自分に
あるということなんです。
だから傷つけてしまった事も
現在進行形であるはずで
今までの子、今の子には
本当にごめんなさい。
アンテナの受信だけでなく
こちらの発信、特に叱るとか
怒るとか、注意する場合は
それこそ要注意でしてね。
相手を思っていう言葉には
後悔はありませんが
数パーセントでも個人的な思惑が
入った時は後で必ず後悔します。
例えば
なんでオレの言うこと聞かないんだ!
みたいな感情がちょっとでも
毒みたいに混入😈
してたりするとです。
神経質になり過ぎても
彼らのパワーに圧倒されちゃうんで
しょうけれど、
それでも、そのへんはやはり
自分自身にかかってるわけですから
しのごの言わず実践あるのみですね。
それを実行する上で一つだけ
ここは逸れてはいけないと
意識するようになったこと。
それは
彼らの枝葉じゃなく真ん中の
幹や更には根を視るというか
眺めること。
言うは易しなんですが
ここでまた大事なのが
さっきの📡📶の感度なんで
まだまだです😥
子ども達と歩く人生がスタートして
今年で30年。
彼らに鍛えられし我がアンテナを
更に高感度にするべく
明日もまた一歩です🐾
この記事を書いては消し1ヶ月。
わざわざ書く事でも無いような
でも、書いておかなくちゃ
ならないような、そんなモヤモヤが
風呂に入っていたら
流れちゃたもんだから
湯船にスマホを落とさないよう
気合いを入れて
一気に書いてみました。
生。