立ち技(蹴り・突き)だけしか知らないと

投げ技、寝技を得意とした相手と対峙した時に

捕まったら大変だという思いから腰が入らない

技になりがちなので、結果自分の良い所まで消して

しまいます。その逆に打撃の痛みを知らないグラッピング系の

人は打撃の恐怖をかいくぐらねば接近できませんから

その恐怖をぬぐわないと自分の技が出せないわけです。


実際に打撃でも締め技関節技でも慣れてくると

痛みや苦しさの想像ができますので恐怖が

半減していきます。 ゼロになりはしませんが。

というかゼロになるのはある意味危険だと僕は感じています。


つまりはある程度の想像が可能なものに対して人は恐怖を

感じなくなるということですから、大抵の恐怖というものは

その人が生み出す過大なものである事が多いのですね。



~だったらどうしよう~という考えが知らぬ間に

要らぬ恐怖心を作り出しては僕らはビクビクと怯えながら

日々を過ごすはめになっているということになります。


正しい恐怖心というと変かもしれませんが

等身を知ることが身を守ることに繋がるんでしょうね。


僕には得意技が無いため全ての技に警戒心をもっています。

蹴られたらどうしよう 殴られたらどうしよう 

投げられたどうしよう 締められたら。。。

極められたら。。。


でも逆にどうにかなるという感覚も持っています。

これまでに何度もそれらの技を食らってきたので

大体の想像がつくからなのだと思います。



ですから、痛みも少なく生きてきてしまうと逆に

常に何らかの恐怖に縛られるのかもしれませんね。

だからといって好き好んで痛い思いなんてしたくも

ありませんから、一つ、二つのことから十も二十も

想像できる人間になりたいと思いました~♪