恐怖心というものは、案外その大きさを自分自身が
大きく恐ろしいものであると膨らませてることが
多いような気がします。
相手であったり、環境、状況であったり、その対象は
それぞれ違うけれど、自分の心がそれを煽ってるか
何かに煽られている。
で、怖いが故に必要以上に怯えたり、逆に攻撃に転じたり。
嫉妬心なんてのも恐怖心の一種なんでしょうかねぇ。
まぁ、恐怖心は様々です。
組手にしたって恐怖心がどこかにあるのでしょうが
始まってしまえば、それどころじゃなくて終わるまで
必死に!といった感じですかね。
通常の稽古ではお互いの切磋琢磨と相手を認めあっているから
恐怖心はちっちゃくどこかにあるくらいなんでしょうけれどね。
恐怖心は自己防衛本能の一種で、それが警戒を
促すわけですから、これが無いと断言して生きるのは危険!
恐怖心が無いなんていう人は危険ですよ。
(心が動く時には恐怖心など消えちゃうけどね)
なもんで、過度な恐怖心はいらない感情を生み出して体にも良くないし
まったくそれを持たないというのもヤバいのかな。
そんなこんなで恐怖心は自分の『味方』にするのが健全ですね。
昔、子ども達に恐怖心を『弱そうな絵』にしてもらったら
こんな奴に怯えてたのかぁ~と笑ってましたね☆
そんな単純じゃないのかもしれませんが
逆に言えば複雑で巨大化させるのも自分だということですね。
みんなとは稽古を通じてそんなことも見つめたいですね~
大きく恐ろしいものであると膨らませてることが
多いような気がします。
相手であったり、環境、状況であったり、その対象は
それぞれ違うけれど、自分の心がそれを煽ってるか
何かに煽られている。
で、怖いが故に必要以上に怯えたり、逆に攻撃に転じたり。
嫉妬心なんてのも恐怖心の一種なんでしょうかねぇ。
まぁ、恐怖心は様々です。
組手にしたって恐怖心がどこかにあるのでしょうが
始まってしまえば、それどころじゃなくて終わるまで
必死に!といった感じですかね。
通常の稽古ではお互いの切磋琢磨と相手を認めあっているから
恐怖心はちっちゃくどこかにあるくらいなんでしょうけれどね。
恐怖心は自己防衛本能の一種で、それが警戒を
促すわけですから、これが無いと断言して生きるのは危険!
恐怖心が無いなんていう人は危険ですよ。
(心が動く時には恐怖心など消えちゃうけどね)
なもんで、過度な恐怖心はいらない感情を生み出して体にも良くないし
まったくそれを持たないというのもヤバいのかな。
そんなこんなで恐怖心は自分の『味方』にするのが健全ですね。
昔、子ども達に恐怖心を『弱そうな絵』にしてもらったら
こんな奴に怯えてたのかぁ~と笑ってましたね☆
そんな単純じゃないのかもしれませんが
逆に言えば複雑で巨大化させるのも自分だということですね。
みんなとは稽古を通じてそんなことも見つめたいですね~