自分の職場でのことだ。これまで職場は最高であった。本当に素晴らしかった。3月までのことを比較して「とんでもない職場に来たものだ」、「今の時代ではない、ありえない」など、自分の力量を棚に上げ、違うことばかり何か環境や人のせいにしてきた。それでも体や心が慣れ、そんな戯れ言など忘れて生活してきたが、ふと馴染みの人と飲みに出てきたところ、同じように悩み、考え、このままではいかんと、いかにも革命を起こすかのごとく話を進めてきた。自分と同じところで悩み、なんなら自分より大変なことを体験している、自分より大きなことに挑戦している、と、、、そんな話を聞いていると自分が小さく感じられた。向こうはより大きな困難を相手にしているのに、自分は小さなことばかり、、、。自分の悩みなどたいしたことはない、この人に比べれば、、、。だが、そう割り切れば割り切るほど、過去の自分を否定しているように感じられる。過去も今も手を抜いたつもりはない、なんなら毎日を一生懸命に生きていたはずだ。そう自分なりに。であれば”自分は自分””相手は相手”と考えればよいのか。だがそれこそ、なんのために話を聞いたのかわからなくなってくる。
結局、自分は何のために働いているかで受け止め方が違うのかもしれない。大きな悩みを抱えた相手と話を交えると、どこか自分がちっぽけに感じられるかもしれない。だが、自分が悩んでいることは嘘ではない、虚構ではない、幻ではないのだ。立派な悩みである。であれば、これからもその悩みにとことん付き合っていこうではないか。それを解決していけば大きくなれる。その成長を信じてつき進むのみである。
しかし、ひょっとしたらその悩みは小さく、たいしたことはないかもしれない。