人はみな、どこか問題を抱えている。それが顕著だと後ろ指を指されることだってある。

ASD(自閉症スペクトラム障害)の分類の歴史についての本「アスペルガー医師とナチス」という本を読んだ。この本の中では、第三帝国のための人間を作るために、従えない、あるいは、従うことができない子供たちを不条理の分類により処理していたという話が出てくる。

 今の世の中にも、いくつか枠組みがあると思う。その枠組みから、はみ出してしまうと後ろ指を指される。学校だったら仲間はずれにされるかもしれない。いじめだって起こる。

 じゃあその枠組みはなぜそのような枠組みになったのか知る必要がある。ナチスと同じように、帝国のために枠組みがあるのか。何のための枠組みなのか、なぜASDという言葉はあるのか。なぜADHDという言葉はあるのか、人間はだれしもが問題を抱えている。それこそ十人十色である。にもかかわらず共通点を探し出し、少しでも当てはまれば同じ分類にする。何の意味がある。

 きゃりーぱみゅぱみゅの「問題ガール」という曲はまさに、今の時代のテーマソングだ。自分たちは社会に生きている。しかし、その枠組みが何のためにあるのか、どうしてその枠組みになったのか考えていかなければならない。今まさに問題がある。