産後だからこそ、体と心の快適を。 -118ページ目

産後だからこそ、体と心の快適を。

マドレボニータ産後ケア 中目黒・武蔵小杉教室 インストラクター 井端梓のブログです。

最近、マドレボニータが発行した
「産後白書」のその1~3の3冊を、再読しています。




自分自身の経験から「あるある~」と思ったり、
インストラクターを目指すものとしての目線で「そうか、そういう人もいるか~」と読んだり、
いつも新しい発見があります。

「産後白書3」は、パートナーとの関係性についてがメイントピックです。
「夫婦の数だけ存在するさまざまなパートナーシップのかたち」として、
複数の夫婦の等身大のインタビューがまとまっていて、ぐいぐい読んでしまいます。

その中にあった、こういうコメントが目を引きました。

「妊娠中は、どんどん変化していく体、出産への不安、緊張があったのに、彼はいつもと変わらない生活をしていることに常に苛立っていました。」(P45)

あ、これ私もそうだなーと思いました。

妊娠中も産後も、「なんで私だけ体も心もこんな大変な思いをして産んでいかなきゃいけないの」っていう気持ちが根底にあって、
夫に冷たく当たってしまっていました。

ただ、あることがきっかけで少し気持ちの整理がつきました。

それは、そろそろ2人目を、ということが夫婦の会話にのぼっていたころ、
私が何気なく夫に「妊娠できるといいけど、年齢もあるし、授からない可能性もあるよね」って言ったとき、
彼は「そうしたら養子縁組を考えてみるのもいいんじゃないかな」って言ったんです。

それを聞いたとき、私は反射的に怒りの気持ちでいっぱいになりました。
でもその理由が自分でもはっきりわからなくて、その時会話は終了しました。

それから1週間くらいかけてじっくり考えてみました。
なぜ、怒りの気持ちがわいてきたのか?
それは「私が1人目をこんなに苦労して産んだのに、そのことがないがしろにされた」というふうに感じてしまったから。
そして、自分は彼に対して「産んであげた」って上から目線のスタンスでいたんだってことが、わかりました。

そもそも彼は、男性だけど「もし可能だったら出産や授乳を経験してみたい」と思っている人で、
実は私のことをうらやましく思っているのを、薄々感じていながらも、
私はある意味被害者意識、そして「上から目線」でいたんだなあ、と。

夫には、改めてその気持ちを伝えました。
彼にとっても私の反応は予期せぬものだったようです。
子ども支援のNGOで働く彼にとっては、養子縁組も自然な思考で、
「私の出産をないがしろにした」というういう気持ちは全くなく(もちろんないのですが、私が過剰反応をしてしまったのです)
そして私が命がけで第1子を産んだことには感謝しているよ、と言ってくれました。

これがきっかけで、これまでもっていた「私だけが産んで大変」「産んであげたのに」という意識を夫に対して持つことが少なくなりました。
というか、そういう気持ちになりそうになったら、「いやいや産むことは、自分が選択したことであって、夫に頼まれたわけでもない。だから、これから起こることも、自分で引き受けていこう」
と自分に言い聞かせるというか。
もちろん、それを忘れてイライラすることもありますが、いったん客観視して考えることができることが多くなりました。

そしてもう一つ、これまで深く考えたことのなかった養子縁組ということに対して、もっとよく知りたいなと思うようになりました。
このことについては、また書きますね。