その頃バンバン日本中から雑品を集めていたM社のK氏を紹介してもらい
広州から台州への一週間の視察旅行。
ただこちらは非鉄を集めていたので、港の雑品には興味がなかった。
と言うより、鉄屋の領域だったので設備等で手が出なかった。
だからもっぱらコンテナ積み出来る物が対象だったのです。
ある時に、産業新聞に鮮やかな色のプラスチックの破砕品が
むしろの上で干されている写真が載っていた。
現在の中国でプラスチックの再生がこのように行われている、と。
見た瞬間に「これは絶対に見ないといけない」と感じた。
場所は中国、お願いする相手がいない。
当然中国語も判らない、そもそもビザが必要らしい。
そこで知り合いの社長に頼み込みK氏に会わせて頂いた。
「じゃあ次回行くときに、同行してもいいよ」と返事を頂いた。
現在はセントレアがあるけど、その頃は「関空」から行った。
飛行機が当時の「広州空港」に着陸するときに上から見た。
まったく色の無い町が広がっている。
とにかく茶色や灰色の記憶しかない。
当時の広州空港のタクシーはほとんどが日産の「サンタナ」。
型も古く、とにかく車が汚れている。
同行してくれた中国の先生が言うには、決められたタクシー乗り場
以外で乗ると、必ずボラレルから気を付けるようにと。
初めて「元」に交換。当時1万円が800元くらいだった。
タクシーでお客のところに行き見学させてもらうが、
一種のカルチャーショックを受ける。
ヤードらしきものは確かにあるが、とにかく町のあちこちで
皆がモーターの解体をしており、その場で焼いていたりする。
特に台州は雑品で大きくなる町なので、それこそそこら中で
何か解体している。
人民服を着ている人もいるし、耕運機なのか車なのか判らない
車みたいなのがそこら中走っている。
人は皆真っ黒になって解体して、それを運んでいる。
主にリヤカーでウンウン言いながら運んでいる。
約一週間滞在していたが、あれだけ車で移動したのに
「重機」を見たのが2回だけだった。
それも日本の中古のコンマ4が2台だけだった。
中国の人に聞いたら、人が腐るほどいるのに、重機でやったら
奴らの仕事がなくなるだろう、といわれた。
だから高速道路もすべて人の手で、それこそ蟻がたかるように
やっていた。
またビルも鉄の足場は無く、芸術的な竹を組んだ足場で
ビルの周りに人がくっついて作業している。
今では見ることが出来ない光景だ。
当時の写真を無くしたのでお見せできないが、
この写真の状態とほとんど同じ。
違うのは下がコンクリートの床に変わり、屋根があり、壁があること。
ほとんどの工場?では、屋根もなく壁もなく、下もそのままが多かった。
雨が降ればカッパを着て、それでも黙々と作業している。
こちらが写真を撮るのも、ちょっと気おくれする光景だった。
皆、民工です。
つまり貧しい田舎の出稼ぎの人達。
聞けば一か月で休みは1日あればいい方だった。
当然働かなければお金にならないし、置いてももらえない。
当時の月収は民工が一か月必死でやって、800~900元。
日本円の約1万円くらいだった。
でもそれがあれば、田舎に仕送りして暮らせるくらい物価が安かった。
ありとあらゆる物が選別されて解体されていた。
例えば1000トンの船荷が処理工場に届くと、必死で仕分けをして
その専門部隊に回される。
最後の最後の土混じりのゴミみたいなものでも、ザルに取って
水洗いをして、ピンセットで拾っていた。
とにかく人が多かった。
で、何年もいる人は当然熟練工になる。
そこで給料が増えるのか聞いてみた。
「増やすわけない。人は腐るほどいる。文句を言う者は
すぐに辞めさせて田舎に帰して、隣村の人を雇う。」と。
まだ、このような仕事でもあれば「ありがたい」時代だった。
中国には「都市籍」と「農村籍」がある。これが大問題です。
農村籍の者は沿岸部に「出稼ぎ」には行けるが、戸籍は変えられない。
10年ほど前に「民工」で大成功した人が、家族を呼んで都市部で
暮らすために「都市籍」を買った。
日本円で約1億円。
そりゃあ、一般の人では無理だし、あれだけの数の人間たちが
一斉に沿岸部に移動して来たら、絶対に統制がとれない。
私は中国史が好きなのでよく本を読んだり、長編の中国ドラマを
見ますが、「雲霞の如く」とか「何十万人も埋めた」とかを聞くと、
それだけの数を統率するのは、共産党しか出来ないのかなあと思う。
これは良いとか、悪いとかではない。
この一週間の経験から、これほど中国に関わるとは当時は思わなかった。
広州から空路で台州の「黄岩」へすぐに移動しました。
ここが「雑品」の本場。
そして私が見たかった「天日干しのプラの現場」である。
基本的に考え方は「金属」も「プラ」も同じ。
原油が高かったから、日本の使って捨てるプラが
彼らには「お宝」に見えていたのだ。
人の手で、材質・色をきれいに選別して破砕機にかける。
その「破砕機」もほとんど手作りの粗悪品でやる。
刃がいい加減なので、音は凄い。
200メートル離れても、隣の人と会話ができない。
で、やっと破砕したものを「洗浄」します。
(ただの水洗い)
それをもう一度人の目で異物を取って、やっと「天日干し」。
一つの村が専門でやっている。
こちらの村は「金属」専門、こちらは「再生プラ」専門。
そんな感じでした。
「日本のゴミがお金になる。」と、同行した人は皆思った。
そこからプラスチックの勉強したが、非鉄よりも難しい。
鉄から非鉄に移り、プラも勉強するとダンダン難しくなる。
また、ゴミに近い物だから余計に危ない。
ごみはそこら中に平気で捨てるし、細かい薄いプラどうするの?と、
聞けば、「風がどこかに運んでくれる」。
そういう考えなのです。
とにかく「都市籍」が「農村籍」の人達を使って、利益を上げる。
「農村籍」は文句が言えない。
これが、中国のリサイクルを支えている構図だと初めて分かった。
次回は、恐ろしい「白酒の戦い」を送ります。
ではでは・・・
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スクラップマスター 南
