豊橋港の続き | スクラップマスターのブログ

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この頃から、モーター・トランスが主体で集められた。


一番銅の歩留まりが判りやすい物だ。



少しづつだが、配電盤や雑線も買われだした。


ただ、配電盤は難しい。


なぜか?


だって中身が物によって全然違うからだ。



でも「配電盤も買え!」と指令が出る。


今でこそ笑い話だが、こちらは「鉄屋」。


あまり非鉄の勉強をしていないし、

実際の非鉄は「非鉄屋」が情報を出さない世界だった。



だから銅、アルミ、ステンレス、また接点のレアメタルの

入った物は全然判らない。


でも適当に価格を聞いて、それ以下で買った。


実際に価格を把握しているのは「台湾人」だけ。



だから当時の台湾人は価格を把握して「大儲け」した。



また、綺麗に外した配電盤の中のブレーカーなどは

すべて綺麗に外されて「活かし」で売られていた。


実際に「活かしブレーカー」を扱っていた業者は

台湾でブレーカーの工場を創り「メーカー」になった。



まだまだ台湾も中古品が必要な時代だったのだ。



先ほど、配電盤が色々な種類があると言いました。


ご存じのように細い電線が一杯ある物もあれば

中は大したことの無いものまで多種多彩。



つまり蓋を開けなければ判らない。



ここでアホな日本人も大量に出てくる。



配電盤でそこそこの価格が出ていれば

中身を気にするのが普通。



それも通常から商売をしている、一種の仲間なら。



キュービクルの入っている類のものに、トランスを抜く、

中の銅版(ブスバー)や極太の銅線も抜く。


つまりただの「鉄の箱」(配電盤には見える)を

ダンプでドンと空けていく。



中身を確認しようとすると怒り出す。


「配電盤だ!」と。


多分鉄屑で買って、配電盤で押し付けてきた。


さすがにこれには頭にきたが、その会社は2年後に

消えてしまった。


ただ、この社長に当時言われた理不尽な言葉の

数々はいまだに忘れられない。



またトランスに関しては、PCBがそんなに問題が無かった。


つまり油のタップリ入ったトランスが、それこそ恐ろしい数

中国大陸に渡った。



その数年後に初めて中国でトランスの解体現場を見た。



タダの工場跡地を使いトランスを解体している。


屋根が無い。


ちょうど雨が降っていた時だったので聞いた。


「油水分離槽はどこにある?」と。



答えは「メイヨー(没有)」、つまりそんなの無い。



トランスから中身を抜き、電磁鋼板は綺麗に取る。


中身の銅・アルミも綺麗に取る。



油はそのまま売却したり、使ったりしていたが

作業場に流れ出した夥しい量の油は

すぐ横の田んぼの水路に全部流れる。


当時道端で生肉を平気で売っていた中国。


その中国の担当者が言っていた。


「油は雨が降れば勝手にどこかに流れていく。


そんな事は俺たちに関係ない。


さすがに隣の田んぼの米は食べないがな、」と。


まるで今の中国が他国で行っていることが

先ほどの言葉にすべて集約されている。


荷物があれば貰う、用が無くなれば捨てる。


後の事は俺たちには一切関係ない。


※私は実際に多くの中国人と友人関係です。

 先ほどの意見は、実際このような人もいるという事です。




で、翼を得た「留学生達」が動き出す。



商品はモーター・トランス・配電盤・等でしたが


競争が始まると、どうでしょう?


ただ、日本の会社と組まないと港も借りれない。


荷物も集められない。


そこで黒モーターを扱えるように港に「油水分離槽」。


そこで新たに出てきたのが、色々混じったミックス。


つまり「雑品」。



当時から現物を見て、価格を必ず決めていた。


一応競争はあったが、元は中国に行くので

実際の中国の相場は誰も判らなかった。


また分かったところでやり様がない。



誰も中国語を喋れないし、中国の商習慣も知らない。


だから、あちらとこちらは、分けてお互いが利益を取る。



最初雑品等を20~30円で買っていた港の業者は

間違いなく、その倍で売っていた。


アホの様に儲かった時代があった。



ではでは・・・





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スクラップマスター 南