久々にTOLAND VLOGさん
縄文人はヒスイを重宝し、アクセサリーを身につけるのを好んだオシャレさんだった。
縄文ではヒスイ加工は7000年前から行われており、世界最古。
弥生時代になると文明が変わったからか、アクセサリーは身につけなくなる。
蘇我氏だけが弥生時代以降、ヒスイの産地を知っていた。
蘇我氏が駆逐された飛鳥時代から、日本の中央の歴史からヒスイが消える。
しかし東北からはその後も発見された。
縄文時代のヒスイの広がりは東日本中心だった。
ヒスイの分布もそうなのですが、縄文時代は東日本に日本の人口は偏ってました。
西には殆ど人はいなかった。
だから渡来系が渡来し放題だったという側面があります。
田中英道さんの著書。
次行ってみよう。
百済、新羅から日本の大君(天皇)に仏教を国教にするとよいとのメッセージが送られてきた。
日本の古代の神々の司祭を担当する物部氏は、この流れに大反対。
新しい天皇は蘇我氏の系列の用明天皇(一応、聖徳太子の父とされている人物)。
蘇我氏に物部氏は敗れ、崇峻天皇が暗殺された後に、推古天皇(女帝)が即位。
敗れた物部氏は今の秋田、東北に逃れ、秋田物部氏に。
そして唐松神社を作り、物部の歴史を一子相伝口伝で継承(「秋田物部文書」1987年に一部公開)。
秋田文書によれば、物部氏の始祖のニギハヤヒの降臨の地は、大阪の交野市ではなく、東北の鳥海山。
私は皇子には興味がないので詳細は割愛(笑)。
ヤタガラスに導かれた皇子は出羽三山を開山。彼の墓は宮内庁で管理されているので、存在はガチ。
一応民に尽くした皇子だったらしいw
出羽三山ではウカノミタマ、ツクヨミ、オオヤマツミ、スクナビコナ、オオナムチが祀られている(スサノオ系、つまり出雲系)。
オオナムチは龍神を意味していることも。
出羽三山は実は女神信仰の山。湯殿山のご神体は生まれ変わりの象徴。
羽黒山の山頂には、なんと阿弖流為(アテルイ)とモレ(桓武天皇の時代に坂上田村麻呂と激戦を演じた蝦夷の族長)の慰霊碑がある。
(最後は大人しく大和朝廷に投降したアテルイとモレですが、殺さず東北へ返すという田村麻呂との約束を反故にされ、二人とも処刑されてしまいます。処刑の判断には藤原氏が深く関与。)
ヤタガラスも16派と18派がいると2040さんは言ってますが、この辺で分派したのかも。
十種神宝、五十音図はツクヨミ系からもたらされたということか?やっぱりシュメール起源なんですかね?
だからツクヨミって隠されまくってるのですかね?
出羽三山封印についてはこちら。
明治って本当に闇ですねwww
明治維新は日本文化を破壊しており、日本が根本的に変わってしまった。
そしてそこから今に続く日本人の本格的な受難が始まるのです。
明治政府は乗っ取りだった説がありますが、こうやって検証していくと、あながちガセでもないように感じます。
一方で、封印することで本当に大切なものを守った、という考え方もあります。
隠されたモノは、どの地域も口伝で今の時代まで残され続けているので。
これからそれが開示されてゆきます。楽しみにしましょう。
明治まで公家(皇室)が重視していたのは仏教、密教です。
彼らは歴史的に、全く神道とか神社ではなかったのです。
明治前は天照大神はメジャーな神ではなく、各地はそれぞれの神を祀っていました。
神隠しと寺社の力封じが決定的に行われたのが明治。
瀬織津姫隠しであり、廃仏毀釈であるのです。
彼らは元来が渡来系(百済、秦氏、ユダヤ)なので、私見ですがおそらく日本古来の神々、特に国津神に好かれていない。
白村江の戦いでは、国力が衰えるのが分かっていながら、古代ユダヤの秦氏の末裔を救済に行ってます。
日本の歴史と日本人のルーツさんから。
藤原不比等(中臣の子孫。大祓詞を作った一族)は日本の古来の神々の名前に濁点をつけて力を封じた。
呪術最盛期でしたから。
(これからは「イサナキ、イサナミ」と呼んだようが良いでしょう。勾玉はマカタマ。)
藤原氏は日本の古代文字を封印して、中国の漢字を正式採用した。
彼らは日本の神々、特に国津神はお嫌いなのです。
しめ縄は神社の神々を封印していると聞いたことがあるかと思います。
国津神なんて天孫族に押さえ込まれて以来恨みも深いでしょうから、封じ込めようとしたとしても不思議ではない。
右回転(雌)と左回転(雄)。2極創造の秘密ですね。深いわ。
神社といえば、普通の参拝作法は二礼二拍手一礼ですが、これも明治政府が制定。
むすび大学さんから。
この最初の二拍手は、白川神道によれば降神するのではなく、神様を帰してしまう作法なんです。
明治政府の意図としては、「庶民は日本の神々に繋がらせない」ということなのではないでしょうか。
ちなみに物部神道(物部氏の祖はニギハヤヒと言われている)では、三礼三拍手一礼なんですね。
物部氏は十種神宝(おそらく三種の神器は簡略バージョン)も所有してましたし、蘇我氏に敗れるまでは日本の古神道を仕切ってきた家系なので、こちらの礼法が本当なのではと思います。
3を意識したほうが造化三神につながりやすいですから。
ここまで考察してきて、明治政府は、日本古来の神々が起動することと、縄文の血が濃い日本人が日本の神々と繋がるのを畏れていたのだと思いました。
新勢力が孝明天皇を暗殺して、明治以降の日本を乗っ取ったというのも、あり得ない話ではない。
この辺が、本来中国の皇帝(エンペラー)の役割だった人類資金の世界の王族への分配を、明治以降は日本の天皇(エンペラー)が行なっていることと深く関係しているのだと思います。
明治から天皇(てんのう)と読むようになり、それ以前は天皇(てんおう)だった。
もっと前は大君や帝だったわけで。
呼び名が変わっているので、明治に日本の中枢が大きく変わってしまったのは間違いないです。
今回はここまで。次回に続きます。
最後までお付き合いくださり、ありがとうございました!