日本永住に挫折し、がっくりしてエジンバラに戻ってくる際、
唯一救われた思いがしたのは、知り合いの人からの言葉でした。
「今回が1回目だったでしょ。こんなもんよー。友人でアメリカ人と結婚してる人は、
なんと3回も日本とアメリカを行ったりきたり、挫折しては帰ってまた戻ってきて・・をくりかえして、
ようやく4回目でこっちに落ち着いたんだから。気にしない気にしない!」
日本への移住はみんなすんなりいってるもんだと思っていたワタシは
「そっかー、そういう人たちもいるんだなー。まぁ、ワタシタチの永住計画は
うまくいかなかったけど、それでもいいんだな。
でもうちらは、日本には向いてない。こっちにはもう帰ってこないな・・。」
と思ったもんでした。
「エジンバラにまた戻ることにした。」ということを両親に報告することが
本当に辛く、ワタシってなんて親不孝なんだろう・・・と言う思いで一杯でした。
さて、スコットランドに戻ってからすぐは、田舎のほうに住んでいたワタシタチ。
相方もワタシもエジンバラがダイスキなので、家を探すためにその田舎から
エジンバラまで何回も行って、ようやく半年後にフラットを見つけました。
エジンバラで仕事を見つけるつもりだったワタシタチ、当然無職。
もちろん誰もアパートをすんなりとは貸してくれません・・。
でもここは英国。現金が効きます。(笑)
ワタシが思うに、英国では現金の力がかなり強いと思います。
不動産屋に事情を話して、半年分の家賃を現金で前払いするということで
大家さんに交渉してもらったところ、即オッケー♪(爆)
現金の前ではreferenceのチェックもなにもなし!
家が決まったら今度はもちろん、仕事ですー。
当時相方は体調が優れなかったため、とりあえず私が先に仕事を探すことに。
それ以前のスコットランドでのワタシの職歴は、日本語教師、ラーメン屋でバイト、
レストランでウェイトレス、日系企業で通訳翻訳・・となんとも、一貫性のない感じ。
仕事にあまり思い入れのないワタシは街をブラブラしながら探したり、ジョブセンターで見かけた
求人に応募したり、新聞をチェックしたりしていたのですが、ある日
履歴書を渡してあった、靴屋さんから連絡がきて、面接そして即採用。
そこの職場では、フルタイムの販売員→スーパーバイザー→アシスタントマネージャーと
とんとん拍子に昇格して、その間に息子も出産し英国での生活基盤を少しずつ
固めていってるところでした。
エジンバラに戻ってきてからあっという間に3年の月日が過ぎていっておりました。
子供も産まれて、貧しいながらもそれなりに幸せに暮らしていたワタシタチ。
相方も霊気マスターになるべく(←意味不明でしょ)息子のオムツを替えながら日々勉強、
ワタシはといえば相変わらず靴を売っておりました。
この時点では日本に引越しするなんてことは、微塵にも思っておりませんでした。
次につづく。
まだ、新しいタイトル思いつきません・・・
っていうか、あまり本気で考えておりませぬ(笑)