そんなわけで年末に出かけた南の島、

滞在先のホテルの食事はセルフサービス。

 

しかしこれが大当たり、

味よし量よし盛り付けよし。

 

配膳テーブルは余裕を持って

配置されているので混雑もなく、

各自勝手にふらふら歩き回って

テーブルのそこここから手を伸ばし

お目当ての料理を取る感じ。

 

「どうぞこちらからお並びください」

みたいな秩序がないというか、

それでも特に問題はないというか。

 

皆様堂々と逆走もすれば割り込みもなさる、

でも別に誰も怒らない、だってわざとじゃないし、

そもそも進路が決まっていないわけだから。

 

そんなある日、朝食に出た

スモークサーモンを食べた夫が

「あ、これは美味しいですよ、

君も一切れ取ってきたらどうですか。

冷菜コーナーの一番奥にありますよ」

 

あら、そうなの、とお皿片手に

冷菜コーナーのに向かうと

奥のほうの大きな横長のテーブルの

大皿にスモークサーモンが

豪華かつ美々しく盛りつけられていて、

取り分け用のフォークは4組、

ちょうど私がテーブルにたどり着いた時に

一番私に近い側のフォークを使っていた人が

フォークを置いてその場を離れたので

そのままそのフォークを取ろうとしたら

・・・何かこう、奇妙な圧迫を感じてですね。

 

目を上げて気が付いたのですが

スモークサーモン卓の向こう側に

4、5人の人が一列になっていて、

そう、まるで日本のホテルの

朝食バイキングの光景のように

・・・えっ、何、今日は『並ぶ日』なの?

 

こんな光景、今回私、初めて見たんですけど!

 

しかしとりあえず空気を読んだ私は

フォークに向けて伸ばしていた手を

そのまま下ろし何事もなかったかのように

その列の最後尾に向かいました。

 

するとその列に並んでいた人たちが

口々に小声で

「ダンケ」

「ダンケ」

「ダンケシェン」

 

・・・ああ、この人たちドイツの方か!

 

でも私も特にお礼を言われるような

ことはしていないよな、と思っていたら、

私が使用を諦めた『4番目のフォーク』を

後から来たフランス語を話す奥様や

スペイン語を話すお爺様方は

特に何を気にするでもなく使用して

スモークサーモンを取っていく。

 

列に並ぶドイツの方たちは

別にそれに文句も言わない、

言わないんだけど、ただそうやって

自分たちの列を無視する人たちのことを

黙ってじっと無表情に見つめている。

 

・・・この視線に気づかない、いや、

もしかしたら気付いているのに

それをあっさり無視できる人々も

たいしたものですが、こんな風に

列を作らなくても誰も怒らない環境で

粛々と自発的に隊伍を組む、

これが秩序のないところに

無理やり規律を作って喜ぶという

世に有名なドイツ人気質というものか・・・!

 

しかしこの見事な暗黙の節度を

堂々と無視していくフランス語圏

およびスペイン語圏の方たちの

度胸もすごい、なんのかんので

読まなくていい空気を読む訓練を

幼い時から繰り返してきた

和の国出身の私には

到底太刀打ちできない神経の太さです。

 

まあこれだけ無下にされたら

たまにそこでひょこっと

ドイツの皆様の心を汲んで列に混ざる

私のような人間が現れたら

それはお礼の一つも言いたくなるよなあ、と。

 

 

粛々と進む列の順番に沿って

テーブル正面に進んだ私に

私の前に立っていたドイツ婦人は

慈しみに満ちた笑顔でフォークを

手渡ししてくれました。

 

スモークサーモンの乗ったお皿を手に

食事用テーブルに戻った私はまず夫に

「あの冷菜コーナーの一番奥、

可哀そうなドイツの人たちの列に

君は気が付いたか。

ちゃんと一緒に並んであげたか」

 

「列?そんなものありませんでしたよ」

 

「あったよ!何だ、君もか!

君もあの哀れなゲルマン民族の

訴えかける眼差しを無視したのか!」

 

「・・・君は何を言っているんですか?」

 

事のあらましを説明した私に夫は

「僕がサーモンを取った時は

テーブルの周りに誰もいませんでしたよ。

本当ですよ。でもこれ、美味しいですね。

僕、おかわりを取ってきますね」

 

「取って来てもいいけど、列があるから

ちゃんとその最後尾についてあげるんだぞ」

 

わかりましたよ、と立ち上がった

夫の姿を目で追うと、あら不思議、

さっきまで割と混雑していた

冷菜コーナー及びスモークサーモン卓に

今は全く人影が見えない・・・

 

本当にうちの英国人は

機を見る能力が高いよな・・・

 

でもいいんです、私としては

あの不器用なドイツの人たちの

仲間になってあげられたことが

微力ながら喜ばしかったんです。

 

生真面目って辛いですよね。

 

朝食の席で色々考えた経験でした。

 

 

宿泊したホテルの顧客は大きく分けて

スペイン人・フランス人・ドイツ人・英国人

 

敷地の広いホテルなのでよく

迷子になっているお客がいて

お互い通じない言葉で

道案内をしあう風景がよくあったのですが

スペイン語語を話すご婦人は

こっちに声をかけてくる前から全身で

『今、私、迷っているの!困ったわ!』

みたいな小芝居をしてくるのに対し

ドイツ婦人はわき目もふらず一直線に

移動した挙句行き止まりの壁を見て

呆然と硬直してから真剣な目で

助けを求めてくる割合が多かったような

 

お高くとまっている説のあるフランス婦人は

確かにつんとすましている風情でしたが

目のあった時に挨拶するついでに

「そのショール、いいですね、すごくボニータ」

とか言うと必死に相好を崩すまいと

頑張る姿が可愛かったです

 

アジア人はあまりいなかったので私は

ホテルの係の人にすぐ顔を覚えてもらえて

・・・よかったのか悪かったのか

 

夫は何故かフランス人に

よく間違われておりました

 

「僕の服装がフランスっぽいんですかね」

 

「もしくは体型、特に腹部じゃないか。

ナポレオン・ボナパルト的な何かを

人々に想起させるものがあるのでは」

 

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