便器と(いきなりこんな

書き出しでごめんなさいね)

洗面台と浴槽を

新しくすることにしたわが夫婦。

 

「デザインなどに

何か希望はありますか」

 

「私はとにかく掃除と

手入れがしやすいことが第一だな」

 

展示場に行きカタログを眺め

ああでもないこうでもないと話し合う

私と夫(英国人)に夫の父、

すなわちわが義父から助言がありました。

 

「浴槽は是非鋳鉄(cast iron)製にしたまえ」

 

鋳鉄というのはつまり鋳物、

型の中に鉄を流し込んでできる製品のことで

こうした手法で作られた浴槽は

英国の一部の皆様に

根強い人気を誇っております。

 

はっきり言ってしまえば富裕層向けの商品で

お値段もそこらの普通の浴槽とは

比較にならないほどの高め設定。

 

「いや、そんな贅沢は・・・」

 

「しかし君、これは一生に一度の買い物だぞ。

鋳鉄浴槽はいいぞ、まず第一にお湯が冷えない。

劣化しないから長く使える。

浴槽は毎日使うものだろう。

多少高くてもいい品を買うべきだ」

 

敬愛する父の言葉に

夫は心を動かされてしまったらしく

「君は長風呂で熱めのお湯が好きでしょう。

僕らの予算を超える品ではありますけど、

君が望むなら僕は

鋳鉄浴槽を購入してもいいですよ」

 

「ありがとう、でも私は望んでいないから」

 

「調べてみると鋳鉄浴槽は

デザインがいい物が多いんですよ。

そこはかとない高級感が感じられる

形状をしているものが多いんです」

 

「なるほど、でも私は欲しくないから」

 

「補償期間が長いのも特徴ですね。

それだけ製品に自信があるのでしょう。

たぶん一度鋳造浴槽を設置したら

浴槽を買い替える必要は

二度とないんでしょうね。

そう考えるとこれは

お得な買い物かもしれませんね」

 

「お得かどうかではなく

私は鋳造浴槽を希望しないから」

 

頑なな私の態度に夫は少し不機嫌そうに

「どうしてそんなに鋳造浴槽を嫌がるんです」

 

「私の唯一の希望『手入れが楽』に

反する浴槽だからだよ」

 

「ああ、それは誤解ですよ!

鋳造浴槽はむしろ

お手入れが簡単なんですよ」

 

「ふうん、それは誰が言った」

 

「・・・浴槽メーカーが言っています」

 

「夫よ、それはセールストークだ」

 

「そんなことありませんよ!

鋳造された鉄の表面が

ホーローびきになっているんですから

汚れを落としやすいのは絶対です」

 

・・・君がそこまで言うのなら

私も踏み込んで反論せねばなるまい。

 

「夫よ、私も英国滞在は長い、

鋳造浴槽を浴室に設置した

高級ホテルやB&B(民宿)に

泊まったことも何度かある。

その経験に基づいてお尋ねしたい、

新品同様の美しさを保った

使いこまれた鋳造浴槽を

君はこれまでどこで目にしたことがある」

 

「・・・」

 

「ないだろう。どの浴槽も

ホーローが欠けたり欠けたところが変色したり

くすみが出たりしていただろう。

表面がざらざらしたりしていただろう。

いいんだ、あれが味という感覚はわかるんだ。

だが私は自分の浴槽は

常にツルツルに保っておきたいんだよ」

 

「・・・」

 

「鋳造浴槽は『劣化しにくい』は真実ではない」

 

「・・・妻ちゃん、僕の実家の

客用浴室にある浴槽もあれは鋳造製ですが」

 

「君のお母様が今まで一度でも

『鋳造浴槽は手入れがしやすくて楽だわ』と

おっしゃったことがあるか」

 

「・・・」

 

「あの浴槽がツルツルしていたことがあったか」

 

「僕の実家の浴槽が

清潔でないと言いたいんですか」

 

「違うよ、だから『味』の問題だ。

日本で露天の岩風呂に入って

『底がザラザラしていてイヤ』とは

私は言わないよ。そういうことじゃないんだ。

でももしもどうしても君が

鋳造浴槽を欲しいというなら

その浴槽の掃除は君の役目な」

 

我々はプラスチック製の

現代風浴槽を購入することになりました。

 

 

ええ、もちろん義父はへそを曲げたわ

 

「妻ちゃん、僕たちの決断は僕の父を

不幸にしてしまったみたいなんですが」

 

「そうね、悲しいことね、でもこの浴槽は

義父のものではなくて我々のもの、

そしてもしも君が決断をひるがえした場合

君は『不幸な父』の代わりに

『不機嫌な妻』を相手にすることを忘れるな」

 

私は『嫌な嫁』なのかしら

 

最終的に夫が鋳鉄浴槽をあきらめたのは

ある日展示場に出かけた際に

『鋳鉄浴槽:壊れにくい、欠けにくい!

なんと10年間の品質保証!』と

大々的に宣伝を撃たれていた品の中央に

大きなひっかき傷があったためかと

 

なお鋳造浴槽の名誉のために申しあげますと

あの『美しさを維持しつつ鋳造浴槽を毎日

使用している』人を私は1名ほど存じております

 

でもね、彼女は掃除好きなのよ

 

(彼女よると鋳造浴槽はメーカーによって

手入れのしやすさに差もあるらしい)

 

あ、あと某スカイ島の某高級宿泊施設にあった

鋳鉄浴槽は年代物なのにピカピカであった

 

でもあれは客室お掃除係の

技術と気合の賜物だと思う

 

己の限界をよく理解している私に

諦めたらそこで試合終了ですね

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