夫(英国人)の父、

つまり

わが義父の誕生日をめぐる話。


「我々からのプレゼントとしては

まずイチイの実それから新しい電話、

最近回線に雑音が入るようになったので。

それと近頃何故かヨークシャーでは

手に入りにくいらしいP&Gの茶葉。

こんな感じでどうでしょうね」

「いいと思います」

「さらにこれにチョコレートを加えたら

僕は気前がよすぎますかね」

「そんなことないですよ、

わが義父はチョコレートが大の好物

あげなさいあげなさい」


「・・・チョコレートは

ラム酒の入ったトラフル

(truffle、トリュフのこと)などが

一番喜ばれるかと思うんですが」

「ふむふむ」

「あの・・・僕が手作りに挑戦したら、

君も手伝ってくれたりします?」


なんですと?


「トラフルを自分で作る気なのか?

そんなの街のチョコレート屋で買ったほうが

味にも安全にも間違いがないだろう」

「でも僕の父は、手作りのほうを

絶対に喜ぶ人間なんですよ」


夫があまりにも熱く主張するので

家にあった料理本で

トラフルの作り方を確認。


「チョコレートを湯煎にかけ、そこに

バターと砂糖とラム酒を加え、混ぜる。

・・・ここからが問題だ、夫よ、よく聞け、

そのチョコレートとバターと

砂糖とお酒の混合物をだ、なんと

手で丸めて形を整えなくてはならないらしい。

君は他人の手で直接こねまわされた

チョコレートを口にしたいと思うのか」

「そんなのお店で買う

チョコレートだって同じでしょ!

まだ顔見知りが作ってくれた

チョコレートのほうが

安心出来るくらいの話じゃないですか!」


ああ、そういう理論ですか。


「わかりましたよ、義父には

手作りのトラフルも差し上げましょう」

「じゃあ父の誕生日の、そうですね、

前日に仲良く一緒に作りましょうね!」

「お前は何を考えているのだ!

その根拠のない自信はどこから来る!

予行演習が絶対に

必要な状況でしょうが、これは!」


というわけで、魅惑の

チョコレート・トラフル作りに挑戦。


チョコレートを湯煎し

滑らかな液状になったところへ

バターと砂糖とラム酒を投入。


「ラム酒はレシピに書かれている

倍量を入れましょうよ!」

「夫よ、何事も第一回目は

先人の教え通りに進むのが吉でね」

「だってラム酒の味の薄い

ラム・トラフルなんて悲しいじゃないですか。

僕はそういうところで

ケチケチしたくはないのです」

「だからそういうアレンジは

第二回目からきかせろという話なの!」


で、このチョコレートに

バターと砂糖とお酒が混じったものを

怒涛の勢いでスプーンで攪拌。


「次の工程は何ですか?」

「えーと、『一口大に

チョコレートを丸めていく・・・手で』」

「そうですか、じゃあ、妻、どうぞ」

「いやいやいやいや!ここは

夫である君からまずどうぞ!」

「うーん、僕の手はそういう作業には

向いていない気がするんですよね」

「逃げを打つな!というか

チョコレート、これ、

冷めていないんですけど!」


しかし料理本には

『冷めるのを待って丸めていく』

みたいな表記はないんですよ。

『チョコレートが他の材料と

しっかり混ざったら、丸める』と。


「何事もまずは指示通りに・・・

よし、いってみよう、ではまず

妻として私が先陣を切ります!」

「応援します!」


スプーンでチョコレートをすくい、

手のひらに載せ、丸め・・・

ま、丸め・・・ええい、丸まれ、この!


「・・・触るそばから融けていくぞ、これ!」

「おかしいですね、でも

僕たちは本の指示通りに

動いているはずですから!」

「そ、そうだよな、まずは本を信じよう!

よし、とりあえず1個出来た!

・・・2個目は君がやるか?」

「せっかく君の手が

そこまでドロドロになったんです、

僕まで被害を被る必要はないですよ」


貴方はそういう人間ですよね。


しかし3個ほど

一口大チョコレートを作ったところで

これはどう考えても

作業効率が悪すぎることに気がつきました。


「絶対にチョコレートは

もう少し冷えていたほうが扱いやすいよ。

これはしばらく時間をおいてみよう」

「・・・生地を固めるために

ココアパウダーを

投入してみたらどうでしょう?」

「だから何度も言うように

そういう新案は初日は避けろ、な」


そんなわけで一時

台所から離れようということになり。


「その前に問題です、

このチョコレートでドロドロ

わが手をどう清めればいいのでしょう」

「舐めればいいじゃないですか、

いいですね、役得ですよ!」

「・・・そりゃチョコレートは

嫌いじゃないですけど、この量は・・・

わかりました、右手は私が処理します、

夫よ、左手を頼む」


夕方のキッチンで

無言で妻の左の手のひらを舐める夫。


「・・・B級映画にこういう場面が

よく登場しますよね・・・」

「無駄なことは考えず、

手のひらが終わったら指の腹をお願いします」


B級映画だと露骨にセクシー路線な

映像であるはずなのに現実は非情です。

夫婦揃って唇の周りに

チョコレート色の泥棒髭が出現。


「・・・それにしても、やっぱりこれ、

ラムの味が薄いですよ。

もう少しお酒を入れてもいいですか?」

「ただでさえ固まってくれない生地を

これ以上水っぽくしてどうしようっていうの」

「もしも固まらなかったら

このままお匙で食べればいいじゃないですか!」


結局夫は私の目を盗み

規定の4倍量のラム酒を

生地に練りこみました。


「4倍はないでしょ、4倍は!」

「だってそれくらい入れないと

お酒の風味がしないんですもん!」


その後色々と試行錯誤を重ねた結果、

チョコレートをスプーンで一口大にすくい

お皿の上に並べ、それを室温で数時間冷やし、

表面が固まりかけたところで

手のひらで成型しココアパウダーをまぶす、

という戦略を発案することに成功。


スコットランドひきこもり日記-出来上がりー!


「これは・・・初挑戦にしては

それなりの出来なのでは」


味見をしても問題なし!


ただひとつ。


スコットランドひきこもり日記-こ、これは・・・!


「このお皿の真ん中にある

某検体的な外見のチョコレートは何事ですか」

「うん、それはね、君の制止も聞かず

ココアパウダーを追加して粘り気を出し

スプーンとフォークで形を整えようとして

僕が失敗したトラフルの成れの果てです!」


・・・君、もしかして

お菓子作りの才能は

私以上にない性質なのか?


「失敗作はちゃんと製造者責任

僕が食べきりますから!・・・うん!

見た目はあんなですけど味は抜群!」


ということで

義父への誕生日プレゼントに

手作りトラフルが追加されることが

決定したのでした。


めでたしめでたし。



まあでもチョコレートとバターと砂糖とお酒で

味がひどいことになる可能性は低いんですよね

問題は見た目です見た目

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