祖父と散歩に出ましたら

いつも行くお寺で

マラソンレースが開催されており

境内がかなり混雑していたんですよ。


実はその日の午後

祖父にはお客がある予定だったので

早めに散歩を切り上げたいと考えていた

ヘルパーさんと私は瞬時に共謀

「あら、今日はこれ、

お寺にお参りするのは無理かもしれませんね」

「そうですね、車椅子だと

お堂の前で

身動きが取れなくなる感じですね」


祖父は人ごみを眺めて思案した後

「・・・そうか・・・じゃあ

ここからちょっと手を合わせるか・・・」


よし!これで今日の散歩は終了だ!

祖父は体力を温存して午後の面会に臨めるぜ!

と静かに心の中で

ガッツポーズを決めておりましたら

我々の会話を聞いていたらしい

背広を着て腕章をつけた

レース関係者とみられるおじさんが

「あの・・・失礼ですが、

境内でお参りをなさりたいんですよね?

どうぞどうぞお入りください!

私が先導をしますから!」


・・・最近の世間は

高齢者とか車椅子利用者に優しいなあ!


「・・・いえっ、悪いですから、

ここで結構ですから!

なんかほら、体操も始まったみたいですし!」

「大丈夫です、私の後についてきてください!

はいっ、皆様、車椅子の方が通ります、

道をあけてください!はいっ、車椅子通ります!」


レースを前にラジオ体操を行う

やる気に満ちたランナーの皆様の間を

しずしずと通り抜けていくわが祖父の車椅子。


「我々もですね、今回のレース、

こうしてお寺の境内を借りるにあたってはですね、

参拝の方にはご迷惑はかけない、ということを

ちゃんと約束しているんですよ!」

「そ・・そうですか、ありがとうございます・・・」

「いえ、ですから、当然のことですから!

あ、もう少し前に出られます?」

「いやいや、ここでじゅうぶんです!」


お堂の正面で手を合わせる祖父。

その周囲でラジオ体操の音にあわせ

ぴょんぴょん跳ねているレース参加者たち。

ああ・・・シュル・レアリスムって

こういうことなのかしら・・・?


ちなみにうちの祖父は

一度お祈りを始めると割と長いです。

ラジオ体操が終わり

レース参加者への注意事項が発表され

コースの確認が終わった頃になってやっと

「よし。椅子を動かしてくれ」


「ではお祖父様、お帰りになりますか」

「いや、ここまで来たんだ、

せっかくだから裏の本殿にもお参りしよう」

「・・・お祖父様、

それはレース関係の方にご迷惑ですよ」

「いえいえいえっ、ご迷惑なんてことはないですよ!

迷惑をおかけしているのはこちらですから!

どうぞどうぞ本殿にも行かれてください、

わたくし先導いたしますからっ!」


・・・なんでこのレースの関係者は

こんなに敬老精神に溢れているんですかっ!


「はい、車椅子の方が通りまーす」

の声に再び導かれ本殿に向かった我々。


「お帰りの際はまた

私のような腕章をつけている者に

声をかけていただいたら

ちゃんと先導をいたしますから!」

「ご丁寧にありがとうございます」


ところが本殿でに参拝している間に

どうやらレースが始まってしまいまして。


「参りましたね、

これは境内は通り抜け不可能ですよ

「遠回りするしかないですかね」

ヘルパーさんと小声で相談していたら

コース脇で交通整理をしていたレース関係者さんが

「あ、通り抜けご希望ですか?

今はちょうどランナーの先頭集団が

ここを走っているところなので無理ですが、

ちょっと待っていただいたら

道は使っていただけると思います!

少々お待ちください!」


・・・何故このレースの関係者の皆様は

こんなに耳が鋭いのだろうか・・・


とりあえずお言葉に甘えることにしまして。

他の観戦者に混じって

レースを眺めておりましたら

ランナーが途絶えたその瞬間に

先程の関係者さんが

「はい、そこの車椅子の方、

今ならオーケーですよー!

どうぞ通り抜けてください!」

「ありがとうございます、では失礼して・・・」


車椅子のストッパーを解除して

静かに境内の道を歩き始めたその瞬間。


「あっ!車椅子の方、

後続のランナーが来てしまいました!

ちょっと道を外れていただくことは出来ます?」

「た、玉砂利の中に突っ込めと?

・・・いや、すみません、うちの祖父は

首が弱いんでそれは勘弁してください!」

「わかりました、

では私の後に続いて走ってください!

「・・・はいっ?」

走ってください!はい、行きますよー!」


まさかの全力疾走でしたよ・・・


こんな馬鹿な真似 をして喜ぶのは

うちの夫(英国人、

スコットランドで留守番中)くらいだと

ずっと思っていたというのに・・・


なおレースに突然乱入した車椅子が

コース沿いにいらした皆様には

とても愉快だったらしく、

わたくしと祖父は万雷の拍手と

「ガンバレー!」

というご声援をいただいてしまいました・・・


おかげさまで

後続のランナーさんの進路は

妨害しないで済んだ模様だったのですが

私は変な汗を全身にかきましたよ!


というわけで関係者の皆様、

その節はどうもありがとうございました。



私はお礼の手紙とかを

関係組織に書いて出すべきですかね

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なんかレース関係者の全員が全員

「何か人の役に立つことをしたいんです!」

みたいなすごいやる気に満ちていました

あれは何だったのかしら・・・