どうも、すこっちです。(^^ゞ
みなさんもこんなことってありませんか?
ずいぶん昔に観た作品をウン十年経ってから、しばらくぶりに観たりすること。
子供の頃や20代の頃の感性で観ていたのとは、違う感じ方や発見や気付きがあったりする。
実は最近、1991年の超人気作品「東京ラブストーリー」を最初から最後まで観たんです。
「リカとカンチ」のアレね。
アタシはこの作品をリアルタイムで観ていた世代。
携帯電話やパソコンもスマホもなかったけれど、恋愛ドラマに一喜一憂して、理想の彼氏・彼女像というものを追い求めて、心のときめきを大事にしていた時期だったように思う。
今日は、30年ぶりに観た「東京ラブストーリー」の気付きと発見をすこっちなりに語りたいと思います。
その1「赤名リカの積極性に憧れた20代、今だとちょっとウザいかな」
この物語に登場する江口洋介さんが演じる三上のようなプレーボーイであったなら、こんなことは感じ無いんだろうけど、あの頃はとにかく鈴木保奈美さんが演じる赤名リカの存在がまぶしかった。
アクティブで、会話がウィットに富んでいて、軽やかで、輝いていて、恋愛をグイグイ引っ張って行ってくれる存在。もし、こんな彼女がいたらどれだけ楽なんだろう。奥手で恋愛下手だったアタシにとっては、赤名リカが理想の彼女像そのものだった。
しかし、今の感性で「東京~」を観終わってみると、なんだか彼女の存在が極端にウザいと感じてしまう自分がいた。なぜかというと、彼女が恋愛のキャッチボールにおいて、いつまでも主導権を彼氏側に渡さないのである。そして、「愛情の元気玉」があまりに大きすぎて、パワーがあり過ぎて、それを受ける側の彼氏は正直、身が持たないし、疲れる。(-_-;)
最終的にカンチはさとみちゃんと結婚することになるのだが、まあそれも納得と言えば納得かな。
毎日をスペシャルデーとして演出し続けるというのは、ちょっと無理な話。
やはり恋愛は相手があって成立するものなので、毎日150㎞のストレートを投げられても、受ける方だって人間ですから、手もしびれるし、休憩したいときもある。
そんなさじ加減がお互いのあうんの呼吸で出来るって事が、「双方向型恋愛」なんだと、アタシは思う。
その2「ラブストーリーは突然にが絶妙なタイミングで掛かるね」
これは、30年前も感じていたことなんですが、小田和正さんの「ラブストーリーは突然に」は無敵だね。
オープニングで掛かるときも良いんだけど、ドラマの中で絶妙なタイミングでこの曲が時にインストルメンタル、時に原曲で流れる。
もちろん、数多くの恋愛ドラマに挿入歌は使われているんだれど、今の人たちはたぶん知らないでしょうし、観ていないでしょうこのドラマ。だから、この「ここだ!」って場面でイントロが流れたときのあの切ない気持ちの洪水は、他のドラマの比ではない。(カラオケで唄ってもあの高音は出せませんけどね)
その3「ジェットコースター型の恋愛を仮想体験してみるには、いいのかも」
恋愛は「非日常」と言われることがある。
フツーに会社に行って、仕事して、家に帰る。週末には夜更かしして、遅く起きて、なんとなくテレビを観て、なんとなくスマホをいじって、なんとなく買い物をして、外食をしてとりとめのない平凡な1週間が過ぎて行く。そんなトキメキもロマンチックもドキドキ・ワクワクもない平凡な日常に突如として現れた「リカ爆弾」。それが、「東京ラブストーリー」流の恋愛なのかもしれません。
黙っていたら、何も起きない。だったら、自分から仕掛ける。周りの目なんて気にしない、大事なのは自分の気持ちがどうなのか?選択肢は「好き?なのか嫌い?なのか」ただそれだけ。自分の気持ちに正直に生きるって、なかなか出来そうで出来ない。30年前とは周りの目を気にする度合いが格段に高まっている今の時代。
もちろん、相手の気持ちを大事にするということを忘れてしまってはNGだけど、赤名リカみたいな前に進む「ファイター」としての恋愛闘争心を現代の世の人たちは失ってしまってはいないだろうか?
ジェットコースターは頂点に上るまではワクワク・ドキドキ。だけど、そこからはイッキに急降下。途中のアップダウンを経て、スタート地点に戻る。ほんの一瞬でも、そんなドキドキ・ワクワクを味わえたのなら、自分の舵取りで恋愛処方船で大海原を進めたのなら、これ以上の喜びはないはず。
失恋も切ない思いも寂しさも、その経験値が積み重なって、あとで必ず効いてくるもの。
本来は自ら恋愛の扉を開くことが大事なのだろうけど、コロナ禍の世にあってはなかなか難しい。
実体験が無理なら、せめてこの作品を鑑賞して仮想恋愛に浸ってみては?
そんなこんなをアタシに感じさせてくれた、「東京ラブストーリー」でしたね。!(^^)!
scotch0711のmy Pick