どうも、すこっちです。!(^^)!
久々のすこっち探検隊。
今日はたぶん、ほとんどの人が興味・関心を示さないであろう、と思われる「狂言」に迫ってみたいと思います。
ところでみなさんは「狂言」と言うものをご存じでしょうか?
まあ、日本の伝統芸能だっていうことぐらいはご存じかも知れませんが、正直「能」と「狂言」の区別というか違いがよく分かんないという人は多いことでしょう。
まあ、厳かな雰囲気でシリアスで「笑い」を封印した感じのストーリーが展開する「能」に対して、「狂言」はコミカルで古典的なコントといった感じでしょうか。
なぜ、今すこっちが「狂言」?
そう思う方もいるでしょう。でも、その動機は「能」の時と同じなのです。
伊達家と能のディープな話 その1 | 仙台城 謎の覆面ガイド「すこっち」のブログ (ameblo.jp)
この12/17の仙台公演、なんと学生料金の設定があるではないですか?
いやーありがたい。m(_ _)m このブログを継続してご覧の方はご存じですが、現在アタシは放送大学のれっきとした大学生。なので、学生証を見せると、なんでも学生料金に早変わりしてしまうのです。
人生のうちに、能や狂言といった日本の伝統芸能を鑑賞することなんてまず、ないであろう。
ましてや、5,000円以上の正規料金を支払って観るなんてこと、考えられない。(>_<)
ちょっとだけ触れてみたいという好奇心はある。だから、1,000円だったら、観てみようかなと。
まあ、そういう分けです。
会場の宮城にあるけど東京エレクトロンホールに20分ぐらいに入った。
正直、狂言素人のアタシの感覚的には、「狂言なんて観に来る人、そんなにいるのかなぁ?」、「新聞に何回も追加広告が載っていたし、ひょっとしてガラガラとか?」と思ってました。
そしたら、会場前に人が溢れている。そして、中に入るとこんな感じ。
この写真は休憩中に撮影したものだが、ほぼほぼ後ろの方の席以外は満席ではないですか!
関係者が席を埋めるために営業に奔走したのか?招待チケットを奮発したのか?それとも、知る人ぞ知る「狂言の底力」、野村萬斎人気!なのか?
学生チケットで入場はしたものの、「ひょっとして周りは空席?」と思いきや、アタシの右隣には女子大生と思われる二人連れ、左には大学生男子が一人。そして、前にはなぜか女子大生一人と小学生4人という取り合わせ。(いまいち、どういう流れで今ここにいるんでしょうか?)
かくして、すこっち人生初の狂言鑑賞のはじまり、はじまり~。
さすがに、公演中の撮影は出来ないので、開演前のステージの画像がこちら。
なんとなーく、「能」と言われても区別が付かないような。
そして、演目がこちら。
一応ね、ビギナーのための前説がありました。(そりゃあ、そうだわね)
確かに前説が無いと、そもそも「狂言」のルールが分からない。
では、簡単に「狂言」ならではのルールを説明します。
【狂言ルールその1】
狂言では、登場人物と小道具係みたいな人が全部舞台に登場しています。お芝居やミュージカルなどでは登場しない人は舞台の袖に下がっていますが、狂言では進行上、ストーリーに登場しない場面では、正座して座っています。つまり、座っている人=透明人間扱いなんですね。ある意味、合理的だがこのルールを知らないと、「あの人は何なの?」って事になるわけです。
【狂言ルールその2】
狂言では、出演者が舞台を軽く1周するシーンが出てくるのですが、これを持って「仙台市内を1周した」とか、「あれから1年が経った」みたいな表現と見なすというルールがあります。これも、狂言ならではですな。
【狂言ルールその3】
狂言では、登場人物が裸になったことを「白い着物」になったことで表現します。まあ、実際に裸にはなれないので、よく考えられたルールと言えるかもしれません。
では、初めて狂言を鑑賞したすこっちなりの感想です。
その1「気を抜くと、セリフも笑いのツボも分からない置いてけぼり状態」
狂言は音響効果というものを一切使わない。自分の声と足を踏みならしたときの音ぐらいである。
なので、3階の学生応援チケットの席からは、よっぽど耳をダンボにして集中していないと、セリフがよく聞き取れない。もちろん、発声はハンパないのであるが、それでも気を抜くと聞き漏らすことがある。
ふと気が付くと、観衆が笑っている!「えっ、なになに何だったの?」と周りに聞く分けにもいかない。(>_<)
そして、不意に襲ってくるプチ睡魔。
これが挟まるとですよ、あっという間にストーリーの進行から置いてけぼりを喰らう。
一瞬たりとも気が抜けない、肩の力が抜きづらい、それが「狂言」だったりする。
その2「シンプルな笑い、それこそが狂言の真骨頂」
決して大笑いするという分けでは無い。
どちらかと言うと、ベタな笑いである。
だから、誰にでもわかるように、「ここで笑って!」みたいなオーバーなアクションを繰り返す場面がある。観客はお約束通りに笑う。
半ば強制的なようでもあるが、押し付けがましいというわけでもない。
さわやかなさざ波、凪ぎのような笑い。
それを何百年と受け継いで来たんだから、もうこれは単純なコミカルな笑いとは別物の立ち位置なんでしょな。
そして、一際存在感を醸し出している野村萬斎さん。テレビに映画にCMにと引っ張りだこで、この人の存在がなかったら、狂言がこれほど一般ピープルの耳目を集めることも無かったをでしょう。
この点に関しては、講談の神田伯山さんと一緒かもしれません。
あなたも機会がありましたら、いい大人としてのたしなみとして「狂言」に触れてみては、どうですか?
馴染みは薄いかもしれませんが、触れてみなきゃ
何も学べないし、語れませんからね、何事も。
以上、すこっち探検隊でしたー。(^。^)
scotch0711のmy Pick