いい加減、右肩上がり神話にしがみ付くのは止めたらどうなんですか? | 仙台城 謎の覆面ガイド「すこっち」のブログ

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平日はフツーの会社員、しかし週末は伊達政宗の居城「仙台城」にてボランティアガイドを務める謎の男、「すこっち」。
ウィスキー好きで名付けたハンドルネームで、ジャンルを問わず、縦横無尽にブログで語り尽くします。

あなたも「すこっち」に酔いしれてみませんか?

どうも、すこっちです。(^^ゞ

 

今日のテーマはちょっと深く、掘り下げてみましたよ。

 

アタシも社会人になっておよそ30年が経過した。

 

会社勤めをして、中堅どころになると自分の所属する部所の業績見通しやら予算作成というものに携わる場面に遭遇する。さすがに事務職である以上、こうした業務を避けて通る分けにはいかない。

 

このブログをご覧頂いているみなさんの中にも、同じような立場の人もいれば、起業されていて常に数字をチェックしている方もいらっしゃるでしょう。

 

最初のウチは内容もよく分からないまま作成していたりするけれど、ある程度要領を覚えてくると不思議と中身も分かってくるものである。しかし、この作業を今の日本の抱える社会の現状とリンクさせて疑問を持った人というのは、たぶんそうそういないのではないでしょうか?

 

んじゃあ、すこっちが思っている疑問って何なのか?って言うとですね。

 

「なんで、会社の業績見通しは毎年、毎年右肩上がりの業績予想ばっかりなの?」ってことなんです。

 

だってさ、1991年(平成3年)~1993年頃にバブルは崩壊しているし、1995年には阪神淡路大震災、2008年にはリーマンショックでしょ。2011年には東日本大震災。その後は毎年のように自然災害が日本列島を襲い、そして2020年のコロナショック。

 

まあ、コロナショックはイレギュラーだとしても、ロスジェネ以降日本経済はずーっと低空飛行しっ放しじゃん。政府が介入して日銀が株を買い支えて値上がりしているまやかしの株価なんてノーカウントとするならば、少子高齢化で生産人口は減る一方で、現役世代の負担は増える一方。デフレに消費税増税で個人消費はどんどん冷え込んでいる。

 

これを単純に見るとさ、プラス材料なんて微塵も感じられないんだよね。そりゃさ、一部には業績好調な企業があるにはあるよ。でもほとんどの日本の企業が、どう見たって停滞局面でしょ。なのに、どうして業績予想はみーんな一斉に横並びで対前年同時期何%アップとか、対予算同時期何%アップっていう「右肩上がり神話」を新興宗教の教祖様のお告げのように信仰し続ける。

 

確かにね、親会社や株主の手前、弱気な発言をするわけにはいかない。なんだったらパワハラ的な圧力もあるでしょう。対銀行ってことで、融資をしてもらうために前向き発言をし続けるしか無いって一面もあるんでしょう。

 

だけどね、いい加減。そういうのってやめたらどうなんですかね?

 

もっと、現実を直視して、頭を切り替えて、通り一辺倒の予定調和な経営体質、経営予測ってものをあらためる時期なんでは無いですかね?だって、普通に考えたら右肩上がりになる分けないんだもん。

分かっていながら、予算は依然として右肩上がり。悪かったら、途中から下方修正。それってどう考えても、親会社やら株主やら銀行やらの顔色を伺っての、分かりきっている出来レースでしょ。

 

そうでは無くて、「これこれこういう業績予測で収入は間違いなく減ります。でも、こことここの経費を削減して利益率は確保します。」っていうのが本来の姿。若しくは、これはサラリーマンには最も嫌われる殺し文句だけれども、「今後、当社は年功序列の右肩上がりの昇給という給与体系を見直し、業績に連動した給与体系にします。」的なものを導入するとかね。だって、いくら労働者は労働三権で保護されているとは言っても、肝心要の会社が倒れてしまっては、給料もボーナスも無いわけなんだから。

 

戦国時代を想像してみてください。

 

いくら自分が孤軍奮闘して相手の武将首をたくさん挙げたところで、自軍の大将の首が討ち取られたら、その時点で戦は終わりでしょ。飢饉や自分の藩の財政が苦しければ、支給される石高も減らされる分けで、そんな時は耐え難きを耐え、忍び難きを忍ぶしかないんだよね。

 

日本という国家も会社も一緒なんだけど、そういう希望的観測の蜃気楼をなんで理路整然とあからさまに数字化するの?そして、関係者にあからさまに本当っぽく説明をすんの?そして、それを聞かされる関係者はその数字を当たり前に鵜呑みにして、反論することも無くなんで飲み込むの?

 

そんな出来レースで誰が幸せになるの?いったい何に納得をしてんの?

 

1年延期したオリンピックも延期を決めた時以上に感染者は増えているのに、未だに開催を疑問視する声さえ上がらない。国会議員の不祥事は後を絶たないのに、白々しい良心のかけらも感じさせないような説明しかしていないのに、それがまかり通る。

 

「とりあえず、1年延期って決めちゃったから、感染者が増えようがやるしかないでしょ」

 

「とりあえず、裁判所の判決が出てないんだから、黒って決めつけられないでしょ」

 

「とりあえず、秘書が勝手にやったって言っているんだから、信じるしか無いでしょ」

 

「とりあえず、右肩上がりの収入で予算を作っておくしかないでしょ」

 

こんな国に誰がしたんだろう、「とりあえず節」はビールだけにしといてよね。

 

と、ここまで右肩下がりの現実を直視しろって述べてきましたが、こんな一億総右肩下がりの我が国ニッポンに唯一の可能性が残されているんだとすれば、それはたぶん。

 

「イノベーション」と「リノベーション」なんですかね。(分からない人はググって見るべし!)

 

今となっては、アイデア勝負で⤵を⤴にするぐらいしかないのでは?

 

とりあえず、早いとこ「裸の王様ごっこ」は終わりにしないと日本に未来は無い、かもよ。(-_-;)