つい最近の事、会社にお客様がいらしたので一緒に昼食に行った。
そこはお魚が美味しく、中でも一押しが「中落ち定食」値段はナント¥650
こちらはお店でも準備しているらしく、出てくるのも早い。
なので、お客様にも話をしたうえで「中落ち定食」を2つ注文!
10分と経たないうちに、料理は出てきて満足!(^^)!
美味しいことに満足!(^^)!
昼休みも有効に使えて満足!(^^)!
こちらでごちそうをしたが、結果的に安くて満足!(^^)!
さて、ここで支払いの領収書を上司に提出した時に上司が一言。
「なんだよ、遠慮せずにもう少し高いもの食べてきていいんだよ。」との発言。
ちょっと、待った!(ねるとんではありません(>_<)
どうして、お客様も私も十分(4回)な満足感を得ているというのに、
そういうあさましいというか、貧しい発想になるのか?
そもそも、値段が高い=美味しいもの
値段が低いもの=まずいものというのが先入観なのでは?
それに、そこには「会社のお金」=「たまには高くて美味しいもの食べちゃえば」
的な思考が見え隠れしてはいないのだろうか?
よく、接待という隠れ蓑(みの)をいいことに本当に豪遊してくる輩が居たりするが、
果たして自分のお金だったら、同じようにふるまうのだろうか?
どうして、「接待」という錦の御旗(みはた)を振りかざすことで
あらゆることが正当化されてしまうのだろうか?
お客さんをVIP待遇することは当然大事だが、そこには一定の
節度があってしかるべきである。
お客様は高額の接待=満足感なのだろうか?
値段がそこそこでも、質のいい料理、質のいいサービスを提供する
お店は当然ある。それを見抜くには、その人のセンスが試される。
私の良く使う、好きな言葉に「程度問題」という言葉がある。
会社のお金であっても、湯水のようにお金を使って良いわけがない。(>_<)
これはまさに、本人のセンスの問題である。
実はそういう歯止め、ブレーキとアクセルの絶妙なバランス感覚って、とっても大事なこと。
自分の感性を養い、あらゆる場で「あの人ってスマートだよね。」と
言われるような自分を目指すべきだと私は思う。
食べる、飲む大いに結構、でも「程度問題」だよね。
歯目をはずして楽しむ、大いに結構、でも「程度問題」だよね。
「程度問題」の意識を持った生き方、したいものです。!(^^)!