レビー小体型認知症の母のこと


今、母から出てくる言葉は父への文句、後悔の言葉


『〇〇してくれなかった💢』

『〇〇したかったのに💢』


しまいには昨日の警察沙汰も

『私が騒いでいるならなんでお父さんはとめてくれなかったの?』💢

と、、人のせい


私が見ていた母とは違っていて驚くことばかり。



父は働けば働いただけお金になったであろう自営業

母は父にどんどん働くよう働ける環境を整えていたと思う。

全ては無意識にお金のために。。。


だからお休みの日に父と遊んだ記憶はほとんどなく、

思い出は硬球でキャッチボールをしていて鼻血を出したことくらい笑


父の仕事場で遊ぶことが多かった記憶がある。

黒いソファに赤い丸いテレビ



母はたくさんの習い事をしていたけど、

それは

『父を待つための時間潰し』

だったよう。


無意識に


洋裁も出来た母、

いつもどこかが惜しい凝視

今思えば、楽しく作ってないんだよね。


出来るから作る。

なんでも器用にこなす人だから、、

作れるけど、

そこに楽しみはなかったのかもなぁ。


あ!違う、買うより安いから作ってたんだ真顔

それは母がよくいう言葉にあったわ


私は洋服を作って節約してた💢

私がお金を貯めたのよ💢

という。


でもね、

今、押入れの中は腐るほど、売るほどの生地、ボタン、ファスナー、裏地、中綿、、、、、、、

安いからと日暮里からダンボールで配送したりしてたっけ。

この服を作るからこの生地とこの裏地を買ってたんじゃなかったんだね。

ある物で、適当にあてがうから

惜しい

になってたんだね。


だってさー、赤いコートの裏地が山吹色って斬新すぎない?

恥ずかしかったなー。。

それとか、足りないからって他のきじをあてがったり、、

ほんと、それを着るのがいやだったわ



節約ではないわー。。。昇天

なんて思ってしまうけど。


起点が違うから、、


だから、全てが

『やりたい』ことではない。

楽しくワクワクしてやってなかったんだね。


『節約』と、いうのも

定年になったら父とたくさん旅行に行くために

なんて、

自営なんだから遠慮せずに旅行すればいいのにさ、働かせたよねー。


山登り、バレエ、ピラティスの

『体力作り』は

将来、子供達の世話にならないため

ではなくて、

いつまでも自分の足で出歩きたいから!とかだとよかったのに。



起点が他人にありすぎて、進んでいく先は母の想いとは違うところに行くのもうなづける。


結婚も占い師だった育ての親が決めた物凝視

どこにも自分はいなかった。


ここも引き金なのか?

もう一人の人と結婚したほうがよかった

とか物語を作り出して、お父さんはひどい人!

になってる。

暴力をふるう酷い人だったと、、


だから今の怒りは

全て他人のせい


そりゃ、怒りはおさまらんよね。


自分がそうしたんだと思わない限り、、


そうそう、

昨日新たな話を聞いて驚いた


母はその占い師に育てられていた時には

名前が悪い煽りと、

全然違う姓名だったと言うことがわかった。


結婚するときに本名に戻したらしいけど。。


頭が混乱するよー。。。